山岳遭難はいっこうに減らず、増えるばかり——それでも、ライターの羽根田治さんが取材を続ける理由

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構成=手塚海香(山と溪谷社)

写真=松倉一夫

今年の夏山シーズンでは、山での遭難の発生件数・遭難者数が過去最多を記録した。

フリーライターとして活躍する羽根田治さんは、長年、遭難事故の取材を続けており、ドキュメント遭難シリーズ、『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』(山と溪谷社)など本の執筆を通し、山岳遭難の危険やリスク回避の方法を発信し続けている。しかし、ときには「自分が取材・検証したケースと同じような事故が繰り返されることもあり、無力感を覚えたりもします」と語る。

山岳遭難が増え続けるなか、羽根田さんはどのような思いで遭難事故の発信を続けるのか——『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』が刊行となったのをきっかけに話を聞いた。

遭難事故を発信するきっかけとなった出来事

――羽根田さんは山岳遭難や登山技術の書籍の執筆など、フリーのライターとして活躍されていますが、普段はどんな仕事をされているのでしょうか。

アウトドア、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続けています。そのなかでも登山、特に山での遭難事故を取材・検証して発表することがライフワークのひとつとなっています。

羽根田さんの著書の一部。(全て山と溪谷社・刊)

もともと沢木耕太郎さんや本田靖春さんらが書いたノンフィクション作品をよく読んでいて、自分でもノンフィクションを書きたいと思ってこの仕事を志しました。山をテーマに選んだのは、山好きの父親に連れられて子どものころから山登りを始め、以来、趣味としてずっと登山を続けていたからで、最も興味のあるジャンルだったからです。

ただ、執筆テーマを限定しているつもりはなく、芸能人へのインタビューや、企業・地方自治体への取材、旅行ガイドブックの執筆などもやってきました。今後も、山に限らず興味があるテーマが出てきたら書いてみたいと思っています。

――遭難事故の取材を始めたきっかけなどはあるでしょうか。

山岳遭難事故の報道は、大きな事故であればマスコミも大きく取り上げますが、日常的に起きている事故については簡単に触れられる程度です。

しかし、三十数年前に刊行された岐阜県警山岳警備隊の本の編集作業をお手伝いした際に、小さく報道される遭難事故にも、触れられていないさまざまな事実⏤⏤事故に至る経緯、事故の原因、遭難者の心理状況、救助隊はどう対応したのか、なぜ助かったのかなど⏤⏤があることを知りました。それをしっかり書いてみたいと思ったのが最初のきっかけです。

特に伝えたい山の危険

――新刊『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』では、山を含めたアウトドアの死亡事例を53例、載せています。山に詳しくない人でも危険が端的にわかるように書かれているのが本書の特徴ですが、そのなかでも特に伝えたい危険はなんでしょうか。

不整地の登山道は転倒するリスクが高く、危険箇所でつまずけば転滑落にもつながり、重大事故になってしまうこともあります。しかも、その場で救助を要請しても、助けられるまでに長い時間がかかってしまいます。

山での事故を防ぐためには、その場所にどんなリスクが潜んでいるかを知ることが大事(写真=羽根田治)

だから、山で危険な目に遭わないためには、まずそこにどんなリスクが潜んでいるかを知ることが大事です。それを知らないで山に入っていけば、まったく無防備な状態でさまざまな危険に晒されることにつながるので、命がいくつあっても足りません。そのため、『これで死ぬ』では山を歩く上で、最低限知っておいてほしいリスクに絞って、死亡事例とともに紹介しました。

また、山にはいたるところにリスクが潜んでいますが、そのなかでも特に注意したいのは、天候の変化です。悪天候下の山では、道迷いや転・滑落などのリスクがいっそう高くなります。たとえ夏山であっても、悪天候に見舞われれば低体温症に陥って命を落としてしまうこともあります。大雨が降って増水した沢を無理矢理渡ろうとすれば、あっという間に流れに呑み込まれてしまいます。強風で人間が飛ばされるなんてマンガみたいな話ですが、山では実際に人が強風に飛ばされて亡くなっています。

過去に起きた大きな遭難事故のほとんどは、悪天候下で起きています。山では、そうした知識があるかないかが生死を分けることもあるのです。

『これで死ぬ』では山を歩く上で、最低限知っておいてほしいリスクを絞って死亡事例とともに紹介

取材が実現するのは3割程度

――普段はどのような形で取材をされているのでしょうか。

遭難事故の取材については、事故に遭った当事者(遭難者)にお会いして話をうかがうことがメインとなっています。ただ、個人情報保護の関係で当事者の連絡先を調べるのが非常に困難で、連絡先がわからずに取材できない事例もたくさんあります。また、たとえわかったとしても、取材に応じてもらえるかどうかは別問題です。たとえば取材・検証してみたい事例が10あるとしたら、実現するのは3割程度といったところでしょうか。

取材に応じていただけるのは、「遭難したのは恥ずかしいことではあるけれど、自分の失敗を多くの人に知ってもらうことで、同じような事故を繰り返さないための教訓になれば」という考えの方がほとんどで、それは本当にありがたいことだと思っています。だからインタビュー時にはできるだけ詳細に経緯や状況を聞き出し、事実を脚色することなくアウトプットするように心掛けています。

また、遭難関係の取材でも、特に2009年のトムラウシ山でのツアー登山事故が強く印象に残っています。事故から生還された方が中国地方に何人かいらっしゃったので、事前にアポがとれた2人の方を取材したのですが、せっかくここまで来たのだからと、アポがとれていなかったほかの方にも突撃取材を試みました。そのうちひとりの方は快く応じていただけたのですが、もうひとりの方は恐怖を感じたようで、人を呼ばれて追い返されてしまいました。同じアポなし突撃取材でも、受け入れてくれる人もいれば拒絶する人もいるということで、取材方法の難しさを感じた出来事でした。

――最後に、山岳遭難を発信し続ける理由を教えてください。

取材・執筆を続けているうちに、事故を取材・検証して発表することは事故防止に役立つことに気づき、いつの間にかそれがライフワークのひとつになっていました。

しかし、遭難事故はいっこうに減らず、増えるばかりです。自分が取材・検証したケースと同じような事故が繰り返されることもあり、ときに無力感を覚えたりもします。それでも、たまに読者の方から「いつも本を読んで勉強させてもらっています」「この前、山で道に迷ってしまったのですが、本を読んでいたので冷静に対処できました」といった話を聞くと、少しは役に立っているのかなとも思えます。そうした読者の方の声が大きな原動力になっていることは間違いありません。


これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集

これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集

羽根田治
発行 山と溪谷社
価格 1430円(税込)
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プロフィール

羽根田 治

1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。

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