【書評】64年前の謎に迫るノンフィクション待望の文庫化『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』

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評者=GAMO

旧ソ連時代の1959年、極寒の雪山で9人の若い登山家が謎の死を遂げた。チームリーダーだったイーゴリ・ディアトロフの名前から《ディアトロフ峠事件》と呼ばれる遭難事故の真相は、いまだに解明されていない。本書は、事件に興味を覚え、その真相を「知りたい」との思いから遭難現場にまで足を運んで謎を追った、アメリカ人映像作家によるノンフィクションである。

言うまでもなく、ノンフィクションは事実に基づいて描かれている。だからといって、「客観的」というわけではない。著者の主観が色濃く出ている。脚色はしないが、演出はする。著者は、インタビューや調査を通じて入手した事実を読者に伝えるために、いろいろな演出を施している。

まず何と言っても構成がおもしろい。①遭難に至るまでのディアトロフ一行の山行の様子②警察や登山仲間による捜索③著者の取材・調査活動――という3つの時間軸を同時並行的に進行させることで、さまざまな事実を順番に提示。徐々に真相に近づいていく展開は、まるでミステリー小説を読んでいるかのようだ。そして最後の解決編では、これまで巷で言われてきた雪崩説や強風説、武装集団説、兵器実験説、オカルト説などを順に消去していった上で、科学的に矛盾のない結論を提示している。さらに読者は、実は伏線が張られていたことにも驚かされる。そのカタルシスたるや、まさにミステリー小説そのものと言えよう。

ノンフィクションとしての演出も冴えている。著者は、一見事件とは何の関係ないように思える情報もふんだんに盛り込んでいる。当時の旧ソ連の政治情勢や世相、若者気質、ディアトロフたちの性格や趣味……。読者はそうした情報を通じて彼らに親近感を覚え、事件をより身近なものとして感じるようになっていく。ディアトロフ一行が無邪気に旅を楽しむ様子や捜索隊の写真が随所に配置されていることも、その効果を高めている。また、山行や捜索活動の様子が第三者的目線であるのに対して、著者による事件ルポは一人称で語られており、いつの間にか著者の心情にも寄り添ってしまう。

本書の原書は2013年にアメリカで出版されたが、その後、20年にロシア当局が雪崩を主因とする再調査結果を公表したほか、21年にはスイスの科学者がやはり雪崩説を発表。依然として真相は藪の中だ。本書の結論には充分納得感があるものの、事件の真相はタイムマシンでも存在しないかぎり誰にもわからない。しかし、無念の死を遂げた若者たちの生きざまを含め、事件のことを「知ってほしい」という著者の情熱が本書を壮大なエンタテインメント作品に仕上げており、未知の謎を「知りたい」という読者の欲求に必ずや応えてくれることだろう。

死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

死に山
世界一不気味な遭難事故
《ディアトロフ峠事件》の真相

ドニー・アイカー
安原和見
発行 河出書房新社
価格 1210円(税込)
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評者

GAMO

山岳エンタメ専門サイト「ヴァーチャルクライマー」管理人。著書に『山岳マンガ・小説・映画の系譜』(山と溪谷社)。

山と溪谷2023年12月号より転載)

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