【書評】当事者の証言から雪崩事故の実像を導き出す『証言 雪崩遭難』

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評者=黒田 誠

雪山の山岳遭難の象徴的な分類として雪崩遭難がある。実際には、道迷いや転・滑落、行動不能のほうが遭難数は多く、なかにはエキスパートと見なされるような人も少なからず含まれている。だが、雪山を登ったことがない人にも、ある程度経験を積んだ人にも、容易に思いつくという点では、雪崩遭難はいちばん身近であろう。

その雪崩遭難への対策として、遭難が起こる前に防いだり、事故が起きても事故の規模を減らすような行動をとったり、事故が起きた後のレスキューやファーストエイド、搬送、病院での処置で事故の結果を低減したりするなど、いろいろなアプローチが存在している。そのなかでも、雪崩ビーコンなどの携行と、その使用方法をトレーニングすることで、登山者の脆弱性や、事故の結果の重大性を低減することに焦点を当てた証言集が、本書である。

焦点であるコンパニオンレスキュー(同行者や仲間による捜索救助)は詳細に記載され、解説もわかりやすく書かれている半面、事故が起きる前の部分、つまり事故を未然に防げたかもしれない要素の解説が少なく、その点は残念に感じた。

一般の人にわかりやすくするためか、積雪テストについての記載が頻繁に見受けられ、これが読者に誤解を抱かせないか心配になった。自分も講習会などで積雪テストの指導をすることもあるのだが、あくまでも断面観察で見つけた脆弱性の強度や伝播の特性を確認したり、既知の脆弱性をトラッキングするためであったり、その脆弱性が存在するのが山のどのような地形特徴なのかを把握するために行なう、ということを理解してもらうよう努力している。一般登山者が抱きがちな〝たった一つの積雪テストでその山や斜面の積雪全体の不安定性を評価できる〟という誤解を補強しないよう、書籍の帯にあるように何らかの教本と併せて読むことを推奨したい。

読書の折には、国土地理院の電子国土Webから2万5000分ノ1地形図と全国の傾斜量区分図を利用し、実際の地形を推測することをお薦めする。文章だけではわからない地形を認識したり、自分であればどのようにプランを変更するだろう、サブプランとしてもつならどこになるだろう、と思索を拡げたりすることが可能になるはずだ。

事例研究は安全管理の根幹であるから、この種の書籍を多く読むことは大切だ。印象的な事例はどちらかと言えばイレギュラーだが、たくさんの事例に触れることは、物事の平均的な姿を見いだすことにつながるのだから。

雪山に行くなら、必須の装備である雪崩ビーコン。その携帯とトレーニングの必要性を、実感をもって理解できる一冊である。

証言 雪崩遭難

証言 雪崩遭難

阿部幹雄
解説尾関俊浩
発行山と溪谷社
価格1870円(税込)
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阿部幹雄

1953年生まれ。写真家、映像ジャーナリスト。雪崩事故防止研究会代表、日本雪氷学会雪氷災害調査チーム前代表。仕事のかたわら、雪崩教育や山岳救助に関するボランティア活動を行なっている。主な著書に『生と死のミニャ・コンガ』『ドキュメント 雪崩遭難』『那須雪崩事故の真相』(いずれも山と溪谷社)ほか。

評者

黒田 誠

1973年生まれ。日本山岳ガイド協会認定国際山岳ガイド。日本雪崩ネットワーク 雪崩業務従事者レベル2。四季を通じ、国内外の山でオールラウンドにガイドを行なっている。

山と溪谷2024年2月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。

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