手持ちのウェアをすべて着込んでも寒さは厳しく・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は②【ドキュメント生還2】
ツエルトは携行していなかったので、所持しているものを活用してのビバークとなった。体を起こしているときは、荷物を入れたままのザックを背中のクッションにして、もたれかかっていた。日が落ちるころに弁当の残りのおにぎりを食べ、6時過ぎには持っているウェアを全部着込んで横になった。仰向けになると寒くて寝られなかったので、横を向いて丸まるようにして眠った。
13日は朝5時過ぎから起き出した。6時40分ごろ、不帰キレットのあたりからヘリコプターのエンジン音が聞こえてきたが、機体は見えなかった。8時過ぎには、山小屋に物資を運んでいるらしいヘリが頭上を通過したので、手を振るなどしたが気づいてもらえなかった。
登山口と自宅に登山届を残してきたので、遅かれ早かれ捜してもらえるはずだという確信はあった。のちにわかったことだが、両親は下山予定日だった12日の夜に捜索願を届け出ており、ヘリによる捜索はこの日の朝から始まっていた。
昼過ぎと夕方にも稜線付近を飛ぶヘリが確認でき、たぶん自分を捜してくれているのだろうと思った。ただ、距離はだいぶ離れており、自分がいる沢のほうまで飛んでくることはなかった。
翌14日も昼過ぎにヘリを目視できたので、黄色い蛍光色のザックカバーを振り回したり、オレンジ色の雨具を着たまま大きく手を振ったりしたが、やはり気づいてもらえなかった。ヘリが確認できたのは、この1回だけだった。
13、14の両日は、動ける範囲で周辺を偵察しただけで、ビバーク地点からほぼ動かずにいた。 14日の夜は雨が降り、2時間ほどすると雨水があちこちの岩の隙間から流れ出してきて滝のようになってしまったため、沢筋を避けた岩の上でやり過ごした。
この2日間、ヘリで捜索してもらっているのに見つけてもらえなかったのは、場所が悪いせいだろうと考えた。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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