最も印象に残った雪山山行。山岳ガイドに教わる“雪山登山 入門のススメ”(最終回)

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「山岳ガイドに教わる“雪山登山 入門のススメ”」シリーズでは、8回に渡り、山岳ガイドの山田哲哉氏に雪山登山についての話を聞いてきました。本シリーズ最終回は、山田氏に最も印象に残っている雪山山行を伺いました。

これでも・・・11月? 谷川岳西黒尾根で丸一日かかっても「ラクダの背」までしか行けなかった記憶

あれは一体、何年だったのだろう? 古びた記録ノートをひっくり返して見てみたら1983年の11月「勤労感謝の日」の事だった。つまり34年前・山田哲哉29歳、雪の谷川岳の思い出だ。

当時のノート。山行に行った月と山域名がぎっしりと書かれている。

 

当時所属していた山岳会の仲間と「少しは雪があるだろう」と夜行日帰りで谷川岳に向かった。上野から、定番となっていた夜行列車に2人で乗り、高崎に住んでいた親友が合流して3人が揃った。

沼田を過ぎたあたりでは、車窓にチラついている程度だった雪が、水上駅では線路を真っ白にしていた。土合駅につき、例の486段ある大階段を上りきった所で、僕たちに向かって強烈な風が吹き下ろしてきたのでたじろいだ。外は猛吹雪。

国道には除雪車が出ていた。3時間ほど、待合室でシュラフカバーをかぶり仮眠してから出発したが、駅前から膝までのラッセル。指導センターを過ぎる頃に先行していたパーティーに追いついた。いくら豪雪で知られる山でも11月に「ワカン」の発想はなかったらしく、全員がツボ足。パーティーと思ったが、単独行や二、三人パーティーがラッセルで一丸となっていただけだった。僕らはというと、出発前に見た天気図で、この時期としては強い冬型になっていたのを知って、装備に急きょ「ワカン」を追加していた。

ワカンを履いた僕たちが暗黙の了解で先頭に立ち、五十歩ごとに先頭を交代する。谷川岳独特の湿った重い雪、西黒尾根の急斜面をジリジリと登りだす。振り返るとビックリ、20人以上の行列が僕たちの後ろに並んでいた。そして列の後方からワカンを履いた5人組が先頭に合流してきた。

総勢8人のワカン隊。「先頭は三十歩で交代。その代わり全力でラッセルすること!」なんてルールまで出来上がった。三十歩のノルマを終えて後ろに下がると、ツボ足組から「お疲れ様」「ありがとう」などの労いの言葉がかけられ一致団結。気持ちは上を向いている。

ただ、ゴアテックスのオーバー手袋などという高級品は、まだ一般的ではない時代で、手も身体もシットリしていて、正直とても寒い。最後の鉄塔を過ぎた頃には三時間以上も経っていて「どう考えても山頂までは無理」と、僕の頭に浮かぶ。いや、みんなもそう思っていただろう。でも、この即席大パーティーのラッセル合戦は終わる気配はなく、勝ち目のない登高を脱落者なく続行した。

「十一時まで前進」。誰が仕切るわけでもないラッセル隊に目標が掲げられた。

クマザサが見えないくらいの雪景色で、積雪は優に1mはあったはずだ。ワカンを履いても太ももまでの深さが続く。風も出てきて、気温も下がり湿り気を帯びた手袋や首回りも凍りはじめた。ようやく樹林が疎らになってきた頃には、横殴りの吹雪が視界を閉ざしだした。

イラスト=ヨシイアコ

 

終わりは呆気ない。時計を見ると11時を大分過ぎていた。僕らがいたのは「ラクダの背」の手前付近。

そういえば、ここまで休みらしい休みもとらずに前進していた。お互いに硬い握手を交わし「ご苦労様」「いやぁ、楽しかったよ」と声をかけあった。一人も続行する者はなく全員で下山。下りは早いものだ。

“即席大パーティーのラッセル隊”。名前も知らない同士だが、遅れがちの人を待ったり、ヨタヨタの人には並び順を考えたり、お互いを気遣った。最後は、全員で駅まで下り、「お疲れ様でした」とあいさつをし、解散となった。

雪山の魅力は、雪化粧をして輝く山の姿だったり、苦労して登り着いた山頂だったり・・・と僕自身も思う。でも、雪山の思い出として強く僕の中に残っているのは、1983年「勤労感謝の日」。晩秋と初冬の合間、報われることのなかった谷川岳でのラッセル合戦だ。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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