北アルプスの麓に移住した2人の元「地域おこし協力隊」隊員に、移住のきっかけや開業して定住するまでの道のりを聞いた

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文・写真=鈴木俊輔

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元地域おこし協力隊員
元地域おこし協力隊員の西山さんと浅田さん(写真提供=浅田茉美)

前回の記事では、地域おこし協力隊は地方移住をかなえるための一つの選択肢と書きました。「住まいと仕事が保証されている」「活動を通して地域とのつながりができる」などのメリットがある一方、3年間の任期中に定住のための道筋を付けなければならない難しさもあります。それでも任期を終えて地域に定住し、活躍している人はたくさんいます。今回は、北アルプスの麓で暮らす2人の元協力隊員を紹介します。

きっかけはエベレストのトレッキング

浅田茉美さんは長野県松川村の元協力隊員。2018年から3年間、村の移住定住推進係として移住相談や空き家バンクの管理などに従事しました。現在は村内でゲストハウス・ブックカフェを営んでいます。村に移住する前は、東京で金融関係の仕事をしていましたが、仕事中心の生活からシフトするために退職。

山麓への移住を考えたのは、エベレスト街道をトレッキングしたことがきっかけです。ヒマラヤの人々の自然と調和したシンプルな暮らしに感銘を受け、自分もそんな生活をしたいと思うように。夫婦で話し合い、北アルプスの麓に位置する松川村への移住を決めました。インターネットで仕事を探したところ、村の協力隊の求人を発見。副業が可能な自由度の高い仕事で、前職での不動産の知識も生かせると考えて応募しました。

松川村の元協力隊員
松川村の元協力隊員の浅田茉美さん。広いガーデンには山野草も植えられている

開業のきっかけは物件との偶然の出会い

協力隊の3年間の任期を終えてからお店を始めた浅田さん。じつは初めからお店を開きたいと思っていたわけではないと話します。

「お店を始めようと思ったのは、偶然この物件に出会ったことがきっかけです。隊員活動で知り合った方がこの家の持ち主で、共通の趣味から時々、自宅に呼んでもらうように。今は家族と東京に住んでいて、代々住みつないできたこの家を大切に使ってくれる人に譲りたいと」

村での生活が気に入り、任期後も住み続けたいと考えていた浅田さん。家のたたずまいと広い庭が気に入り、初めは住まいとして譲ってもらうことに。お店のコンセプトは、この場所に身を置いた時にインスピレーションが湧いてきたと振り返ります。

「村に移住する前から安曇野には度々訪れていました。そんな時に『女性一人でも利用しやすい宿があったらいいな』と。ここは駅にも近く静かな場所で、山にもアクセスしやすい環境。自分が思い描くような宿を実現できる条件が揃っていました。元々、本や料理も好きで、それらを組み合わせたら良い場所ができると思ったのです」

客室のウッドデッキから望む有明山
客室のウッドデッキから望む有明山

「山」という共通言語で話せる楽しみ

開業に向けた準備として、隊員任期中に副業として近くのレストランで経験を積み、任期後に物件を改修。そして、2022年に「深々(しんしん)books&stay」をオープンしました。カフェの店内には浅田さんや本好きの仲間が選んださまざまなテーマの本が並び、登山関連の書籍も充実。オリジナルブレンドのコーヒーを飲みながらゆっくりと読書ができる空間になっています。宿には2つの客室があり、ウッドデッキからは北アルプスの山々の眺望も。そんなロケーションから登山客や村への移住希望者も多く訪れます。

「移住してから山好きの知り合いが増えて、『山』という共通言語で話せるのが楽しいです。店主が登山好きであることを聞きつけて、話をしに来るお客さんもいます。どんな天気でもここから眺める北アルプスは美しく、毎日眺めていても飽きません。近くの山はずいぶん登りましたが、餓鬼岳などまだ登ったことのない山にも挑戦したいですね」

壁一面の蔵書
壁一面の蔵書。店内にはクラシック音楽のレコードがかかる

安曇野の原風景に魅せられて移住

高瀬川を挟んで松川村と隣接する長野県池田町。西山友樹さんは町の協力隊員として2024年6月まで活動し、現在は妻の亜由美さんとお店でランチとカフェを提供しています。松川村の浅田さんとは登山仲間で、共に福岡県の出身。元協力隊員でお店を営業していることなど共通点も多く日頃から交流があります。

隊員任期中は「6次産業化推進」と「まちなか活性化」の2つのミッションで活動。6次産業化推進では、町の加工施設でおやきを製造・販売。まちなか活性化では、趣味のボードゲームを使ったイベントやDIYワークショップを企画するなどして、人とのつながりをつくりながら活動しました。

お店の前で西山友樹さんと妻の亜由美さん
お店の前で西山友樹さんと妻の亜由美さん

離島暮らしで山の魅力を再認識

西山さんは高校・大学で山岳部に所属し、登山競技に参加するなど山登りに打ち込みました。東京で介護士やシステムエンジニアとして働いていた時も、毎年、北アルプスを訪れては名だたる山々を縦走。常念岳から下山した際にバスの車窓から見た安曇野の田園風景に感動して、「いつかはここに住みたい」と移住を考えるようになりました。その後、四国の離島での暮らしを経て、「海よりもやっぱり山」と山の魅力を再認識。池田町の移住体験ツアーに亜由美さんと参加し、ちょうど募集していた地域おこし協力隊に応募しました。

「北アルプスは自分にとって特別な場所です。五竜岳の荒々しい山容。黒部五郎岳の雄大なカール。水晶岳の頂上から望む雲ノ平の絶景。好きな山を挙げたらきりがありません。山は遠くから眺めるのも良いですが、やっぱりフィールドに足を踏み入れた時の非日常感は最高ですね」

針ノ木岳の山頂
針ノ木岳の山頂に立つ西山さん(写真提供=西山友樹)

築70年の中古物件をDIYで北欧風のカフェに

移住当初から北アルプスに近い地の利を活かした事業をしたいと考えていた西山さん。初めはゲストハウスの開業を考えていましたが、亜由美さんとの話し合いでまずはカフェを始めることに。人のつながりで見つけた築70年の住宅を購入し、約1年半かけて自分たちの手で改修し、2023年11月に「暮らしと発酵 おはこ」を開店しました。

「元々、DIYが得意だったわけではありませんが、設計士さんや大工さんからアドバイスをもらいながら、床の張り替えや壁塗り、断熱材の施工など、できるところは自分たちで改修しました。地元の工業高校の生徒や協力隊の仲間など、いろいろな人に助けてもらいました。開店日のギリギリまで作業をしていて、本当に開店できるのかなと(笑)。オープンの数日前に床の養生シートをはがした時にようやく良いお店ができたなと実感できました」

池田町の移住定住推進係と協働して開いたDIYワークショップ
池田町の移住定住推進係と協働して開いたDIYワークショップ(写真提供=西山友樹)

故郷の味と信州の発酵文化を取り入れた食

お店では、西山さん夫婦の地元である北九州の郷土食「さばのぬか炊き」や信州の発酵文化を取り入れた定食やスイーツを提供。亜由美さんが腕を振るうヘルシーでおいしい料理と北欧風の居心地の良い空間を求めて、連日たくさんの客が訪れます。

「改修を手伝ってくれた方がお店に来て、『この壁は自分が塗ったんだ!』とうれしそうに話してくれて。いろいろな人がこのお店に親しみを持ってくれているのがうれしいですね。まだまだ改修するところはたくさんあります。将来的には宿泊もできるようにして、地元の人や移住者、移住を考えている人などが集まって交流できる『人の交差点』になるような場にしていきたいです」

たくさんの人の手を借りて生まれ変わった店内
たくさんの人の手を借りて生まれ変わった店内

今回は2人の協力隊OG・OBの活動を紹介しましたが、私が住む北アルプス地域には他にもいろいろな分野で活躍している元協力隊員がたくさんいます。「地域の自然を活かしたサイクリングガイドツアーを企画している人」「学習塾を開いて地元の子どもたちの受験勉強を支援している人」「非営利法人を立ち上げて高齢者の生活支援している人」「お米や野菜などの有機農業を営んでいる人」「自治体の会計年度職員として働いている人」など。

それぞれが、好きなことや得意なこと、地域で必要とされていることをうまく組み合わせながら活動しています。活動の内容は違っても、共通しているのは自分たちの住む地域が大好きだということ。任期後の定住にはハードルもありますが、それをかなえるのは「この地域で暮らしたい」という強い思いなのかもしれません。

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プロフィール

鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)

長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。

山のある暮らし

都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム

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