【書評】安全に楽しく登山するために読みたい一冊『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』
評者=安藤真由子
登山ガイドや低酸素トレーナーとしてたくさんの登山者と接するなかで、登山中の最適な歩き方、エネルギーや水分の摂り方、道具の使い方、高所での過ごし方など、いろいろな質問をいただきます。登山は、登りや下り、不整地、長時間の行動など、「平地を歩く」ことを発展させたものです。誰でもできるような運動ですが、登山を続けていくうちに、より快適により安全に続けるための疑問は出てくるでしょう。
それを解決するために、登山の世界に「運動生理学」を広めたのが山本正嘉先生です。山本先生は、自ら数々の厳しい登山を繰り返し、その最中に感じた疑問を、現場で蓄積したデータから明らかにされてきました。そして時には、疑問点を研究室に持ち帰り、そこで多くのデータを収集し疑問点を解決されました。私自身も山本先生のもとで学生時代を過ごし、運動中に感じた「なぜ?」を解決するための方法論や結果論を学びました。なによりも先生に教えられたことは、解決した内容を「公表する」ことの大切さです。これは、導き出した結果を研究室や自分のなかだけにとどめておくのではなく、世の中をよくするために公表するというものです。
先生の代表作に『登山の運動生理学とトレーニング学』(東京新聞出版局)があります。先生の今までの登山の経験と研究データを集約した、登山現場の疑問と解決策が、すべて(と言っても過言ではない)記載された書籍です。本書は、『登山の運動生理学とトレーニング学』を一般登山者にわかりやすい項目とデータに改訂し、より本質が伝わるように表現を変えて公表されたものです。
なによりわかりやすいのが、8章に細かく分かれた章立て。「パーティ登山での安全・安心なペースづくり」「山での栄養補給の方法」「トレーニング計画の基本形」といった登山に関する疑問が細分化して記載されています。登山者それぞれが感じる疑問点はさまざまでしょう。だからこそ、自分自身や仲間の疑問点を解決してくれる章を調べてそこから読み解くことができます。そしてそれに関連する項目を探すことができる、とても丁寧な章立てだと感じます。
代表作にかける思いを聞いていた私としては、そこから本作を拝見して、その内容にあらためて尊敬の気持ちを抱きました。常にデータをアップデートし続ける、そして世の中のために公表を惜しまない。さらに山を愛している先生の表現は、山が好きな読者へ、より届きやすいと感じます。
「運動生理学」と聞くと、堅苦しいと感じる方も多いかもしれません。しかしこの書籍は、その概念を変え、登山をより快適で楽しいものに導いてくれる一冊になるでしょう。

登山と身体の科学
運動生理学から見た合理的な登山術
| 著 | 山本正嘉 |
|---|---|
| 発行 | 講談社 |
| 価格 | 1,210円(税込) |
山本正嘉
1957年生まれ。鹿屋体育大学名誉教授。体育大学で40年にわたり、アスリートの競技力向上を目的とした研究と実践をするかたわらで、登山の分野でも同様の取り組みを行なう。秩父宮記念山岳賞、日本山岳グランプリなどを受賞。登山歴は50年あまり。ヒマラヤやアンデスでの初登攀記録をもつ。
評者
安藤真由子
登山ガイドステージⅡ。ミウラ・ドルフィンズ所属。安全に登山をするための体作りや高山病対策などの講師を務めるほか、登山のためのパーソナルトレーニングサービスを準備中。
(山と溪谷2024年8月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
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