高山植物保護パトロールとして室堂で過ごした一カ月

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

読者レポーターの寺尾雄二さんに、この夏の室堂(むろどう)での高山植物保護パトロール員の活動内容について紹介してもらいました。

文・写真=寺尾雄二

高山植物保護パトロールとは?

7月下旬から8月上旬まで務めた、立山室堂を拠点とした高山植物保護パトロール員の活動内容を紹介します。

高山植物保護パトロールは「高山植物やライチョウ保護のための巡視」を目的に富山県森林管理署などが構成する国有林保護管理協議会が運営するものです。

主な業務内容は以下の通りです。

  • 高山植物採取などの違反行為者への注意指導
  • 登山者などへの高山植物保護を呼び掛ける啓発活動
  • ライチョウ目撃時の記録(写真撮影・目撃場所記録)

そのほかに、立ち入り禁止ロープの設置、劣化した注意看板の補修交換、ゴミの回収を中心とした山岳美化活動、雪渓切り作業も行ないます。

定年退職後、この業務を知り、「普段、筑波山で行なっている清掃登山の経験が北アルプスでも活かせるのでは」という期待から応募、運よく採用され、以後3年連続で立山室堂地区での業務に携わっています。

パトロール対象区域は、北アルプス立山室堂地区および周辺の稜線部となり、今年度は、室堂地区は7名体制、稜線部については3地区に分かれ、それぞれ1地区2名体制で活動を行ないました。

室堂地区でのパトロール巡回範囲は、ターミナル周辺を中心として、北は雷鳥沢キャンプ場、東は一の越山荘から浄土山頂、南は室堂山展望台、西は天狗平山荘までです。

業務期間中の滞在施設、富山県立山センター
業務期間中の滞在施設、富山県立山センター。室堂ターミナルからは徒歩1~2分の立地で、診療所および警備派出所も併設。山岳警備隊、救急隊、センター業務(食堂等)に従事する方も合わせ夏季最盛期には30~40人ほどが滞在します

高山植物保護パトロールといっても、訪れる観光客や登山者のなかに高山植物を採る人はほとんど見かけません。高山植物の写真を撮るために立ち入り禁止のロープをついうっかりまたいでしまう、といった程度です。昔の活動報告書を拝見すると、「ロープを平気で乗り越え、高山植物の上にシートを広げて、弁当を食べていた」などの記述がありましたが、50年近い保護パトロール活動を通じて、室堂を訪れるすべての人が、貴重な自然を守り続け、後世に残していく、という意識が浸透しているように感じます。

基本的な一日の流れ
6:00 起床
7:00 朝食
8:00 センター内清掃
8:30 パトロール業務
11:30 パトロール終了、センターへ帰着後、回収物(ゴミ)仕分け処分
12:00 昼食、休憩
13:00 パトロール業務
15:30 パトロール終了、センターへ帰着後、回収物(ゴミ)仕分け処分
16:00 入浴・自由時間
18:00 夕食、ミーティング、自由時間
21:00 消灯

7月下旬、待ち遠しい梅雨明け

北陸地方の梅雨明けが遅れていたため、今シーズンの室堂は入山当初から悪天候に悩まされました。下界での猛暑を伝えるニュースとは、まさに正反対の肌寒い日が続きました。活動当初は、ほぼ連日、雨具を着込んでの業務となりましたが、あまりにも激しい風雨で、途中で業務を打ち切り、天候の回復まで待機といった状況もありました。室堂を訪れる観光客の方も、風雨で外に出ることもできず、ターミナルの中で足止め状態という日もありました。

そのため、昨年は順調に進んだ雪渓切り作業などが8月までズレ込んでしまいました。

入山当初の室堂平
入山当初の室堂平。梅雨明け前で天候も不安定、肌寒い日が続き、一日中暴風雨の日もありました

登山者、観光客への声掛け

パトロール中の声掛けで多いことは、一つは、トレッキングポールのキャップ装着のお願いです。ゴムキャップを付けずにトレッキングポールを使われている方に対して、登山道を傷めないようにお願いをします。室堂ターミナル周辺の歩道は石畳の遊歩道が整備されているため、雷鳥沢キャンプ場から先の登山道方面や雄山、浄土山周辺の登山道などが対象です。

もう一つは、クマ鈴を外す、または音を止めるお願いです。ターミナル周辺や、人の往来の多い遊歩道で、クマ鈴をぶら下げて大きな音を鳴らしている人に対しての声掛けです。

声掛けする際に心がけているのは、必ず「おはようございます」「こんにちは」の挨拶から入ること。室堂を訪れる方々の気分を害さず、必要に応じてお願いする理由も丁寧に伝えるのが重要だと感じます。

コロナ禍の明けた昨年からは外国人観光客の姿が、非常に目立つようになりました。特に東南アジアからの観光客は雪を見るのが初めて、という方もおり、ターミナル近くの残雪を見つけロープを乗り越えて触りに行く、といった事例も散見されました。

劣化看板の交換作業

左は設置、右は撤去する看板
左は設置、右は撤去する看板

北アルプス室堂の厳しい自然条件のため、設置後数年で劣化します。文字等のカスレのみであれば、上書き修正しますが、看板自体に破損がみられる場合は交換となります。

立ち入り禁止ロープの設置

立ち入り禁止ロープの設置

冬季は数メートルを超える積雪のため、雪解け後(パトロール業務開始時期)に合わせて、金属杭を打ち込み、グリーンロープを設置します。資材(杭・ロープ・ハンマー)については立山センターから運びます。

8月、ようやく夏山らしく

7月中の悪天候も8月の梅雨明けとともに一変。早朝から抜けるような青空が広がりました。この日から滞っていた作業も順調に進みだしました。室堂を訪れる観光客や登山者も皆、下界とは別世界の涼しさに満足そうです。

ターミナルを出ると、まず立山連峰の雄大な景色が目の前に広がります。すぐ脇には、立山玉殿(たてやまたまどの)の冷たい湧き水が流れ出てます。ターミナルから10分程歩くと、みくりが池のほとりに着きます。周囲の山々を映す水面は、「みくりが池ブルー」とも表現されるほど青々としています。

みくりが池。ターミナル方面を望む
みくりが池。ターミナル方面を望む

ライチョウ目撃時の記録

業務内容には、ライチョウ目撃時の記録(写真撮影・目撃場所記録)があります。室堂周辺は、北アルプスのなかでも、手軽にライチョウが見られる確率が非常に高い場所だと感じます。交通機関でアプローチできるうえに、ターミナルから少し歩いた場所でも、運がよければ、ライチョウに遭遇できます。特に7月から8月にかけては、この春に生まれたヒナを連れたライチョウの親子も見られます。

ライチョウは人間を怖がりませんが、天敵であるタカなどに対しては非常に敏感です。人によっては鳴き声をたよりにライチョウを探す方もいます。こうした意味からも、ターミナル付近や、人の往来の多い場所では、クマ鈴を外す、また鳴らないようにするなどのマナーを守りたいものです。

ライチョウ
保護色のため、近くにいても気づかず、見逃すこともあります

ゴミ拾いと忘れ物回収

業務では室堂周辺の巡回の際に、ゴミ拾いも行ないますが、観光客や登山者の増加とともに、忘れ物の回収も増えます。タオルや手袋、水筒やストックといった忘れ物が目立ちますが、中には財布やスマートフォンも見かけました。貴重品については観光客・登山者が必ず通過する、室堂ターミナルへ速やかに届けます。

忘れ物たち。室堂平広場にて一の越手前、祓堂にて
忘れ物たち。室堂平広場にて一の越手前、祓堂にて
忘れ物たち。室堂平広場にて一の越手前、祓堂にて

雪渓切り作業

忘れ物たち。室堂平広場にて一の越手前、祓堂にて

作業でやりがいがあるのが、「雪渓切り」です。例年、室堂から一の越へ向かう途中には登山道を覆うように雪渓が残ります。雪の斜面で通過する際に足元が滑るため、登山者の渋滞が発生します。そこで、雪にシャベルやツルハシで階段状に切り込みを入れ、歩きやすく整えるのです。

忘れ物たち。室堂平広場にて一の越手前、祓堂にて

この作業をやっていると、通過するほとんどの人から「ありがとう」「ご苦労様」「歩きやすくて助かる」と感謝の言葉をいただけます。重労働ですが、非常に満足感のある業務です。

あっという間の一カ月が終了

室堂でのパトロール業務は、大変な面もありますが、それ以上に自分にとっては楽しく毎日があっという間に過ぎてしまい、1カ月の業務も非常に短く感じます。入山時にあった雪渓がいつの間にか消えてしまい、室堂平一面に咲いていたチングルマも下山時には綿毛に変わっています。今年はコバイケイソウの当たり年なのか、あちらこちらで見られたのも印象深く残っています。この先もずっと残しておきたい自然の風景です。

室堂でみられる高山植物。ハクサンイチゲ、ミヤマリンドウ、タテヤマリンドウ
室堂で見られる高山植物。ハクサンイチゲ、ミヤマリンドウ、タテヤマリンドウ
ゴゼンタチバナ、コバイケイソウ、タテヤマチングルマ
ゴゼンタチバナ、コバイケイソウ、タテヤマチングルマ
シナノキンバイ、ハクサンフウロ、チングルマ
シナノキンバイ、ハクサンフウロ、チングルマ

寺尾雄二(読者レポーター)

寺尾雄二(読者レポーター)

埼玉県三郷市在住。定年退職後の現在、週1回のペースで筑波山に登っています。その他、春は残雪の北アルプス、秋は日本山岳耐久レース、元日の雲取山が年間のルーティンです。体力を維持しこれからも山を楽しみたいと思います。

この記事に登場する山

富山県 / 飛騨山脈北部

立山・大汝山 標高 3,015m

 ふつう立山と呼ぶ場合、雄山神社を祭る雄山(3003m)か、浄土山、雄山、別山を含めた立山三山を指す。昔は毛勝三山から薬師岳辺りまでを含めて立山と呼んだし、江戸時代の文人画家、谷文晁(たにぶんちよう)の『日本名山図会』では別山、立山、剱岳をひとまとめに「立山」としている。つまり漠然とした山域なのだ。  その山域の最高峰が大汝山。古くは御内陣と書かれているので、雄山神社の奥社だったと思われる。縦走路から少し東にそびえている。  花崗閃緑岩質片麻岩で構成される大汝山には、西側に氷河地形として知られるカールがある。日本の地理学のパイオニアで、日本の氷河地形を初めて発見した山崎直方の名をとった山崎カールで、天然記念物に指定されている。  冬の北西の季節風で豪雪が山の東側に積もるため、日本のカール地形はほとんど東斜面に発達しているので、西斜面の山崎カールは珍しい。室堂から見ることができる。  地籍は富山県中新川郡立山町。乗鞍火山帯に属す火山で、溶岩台地の弥陀ガ原の上にそびえている。立山のもう1つの顔は加賀の白山とともに北陸の霊山として古くから信仰されていた修験道としての山。  開山は大宝元年(701)で越中介佐伯有頼(慈興上人)が鷹狩りの折、手負いのクマを追って奥山に入り岩屋に追い込んだが、中に入ると阿弥陀如来と不動明王に化身し「立山開山」を命じたとか。同じ8世紀には越中国の国守に任じられた万葉の歌人、大伴家持が「立山に降り置ける雪を常夏に 見れども飽かず神からならし」と歌ったように、立山は霊位に満ちた山なのである。  後年、天台宗と真言密教の修験道場となり、立山三山を極楽、地獄谷と剱岳を地獄に見立てた思想が独得の立山講を生み、山麓の芦峅寺衆徒の立山曼茶羅図による視覚に訴える全国布教で信者を増大させていった。ことに、宗教上のタブーだった女性にも極楽往生ができるという「布橋大潅頂」がセールスポイントで、江戸時代での先進的、精神的女性解放の旗印だった。  イラスト入りで地獄極楽を説き、ほかの宗門では不可能な、女性でさえ極楽往生ができるという説教を聞かされたときの驚きと喜びが、立山講中の賑わいを生み、芦峅寺から材木坂を登り、長大な弥陀ガ原をたどって室堂や雄山へと、三十数kmもの山道の苦行を悦びに変えていたのである。  現在の登山者は室堂までケーブルカーやバスを乗り継ぎ、室堂から2時間30分で雄山へ、さらに15分で最高峰の大汝山に登り着く。

プロフィール

山と溪谷オンライン読者レポーター

全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。

山と溪谷オンライン読者レポート

山と溪谷オンライン読者による、全国各地の登山レポートや、登山道具レビュー。

編集部おすすめ記事