中央アルプス、濃霧に包まれた登山道で一人きり。誤った方向に下山してしまい―― ~長野県・山岳遭難の現場から
この夏山シーズン、長野県では116件の山岳遭難が発生した。さまざまな事例がある中で、未然に防げた可能性の高い事故も少なくなかった。そこで今回は、リスクに備えることの重要性を伝える、中央アルプスでの遭難事例について考察する。
記憶にない水流の出現
Aさんは、山頂から記憶をたよりに下山をしますが、中岳の巻き道付近で千畳敷カールへの降り口と誤信し、木曽側の急斜面に入り込んでしまいました。当初Aさんに道を外れたという認識はなく、ほかに登ってくる登山者を見かけなかったことに焦りを感じながらも、「下りきればロープウェイ駅に着くはずだ」と思い込んで足場の悪い斜面を下り続けてしまったのです。
しかし、次第に周囲が沢状の地形になり、沢の中に水流が現われたのを目にして、初めて道を間違えたことを自覚したそうです。この時の状況をAさんは「なぜ、駅に向かっていると思い込んでいたのか自分でもわからないが、1人で不安な気持ちが恐怖に変わってきており、冷静ではなかったかもしれない」と振り返っています。
Aさんは自力で引き返すことはできないと判断し、午前11時頃、救助要請をするために119番通報をしました。Aさんの通報は岐阜県の消防本部に入電し、岐阜県の消防本部が聴取した内容から現場が長野県の木曽駒ヶ岳であることが推定されたため、岐阜県の消防本部から木曽広域消防本部に事案が引き継がれ、木曽広域消防本部から管轄の警察署にも情報共有がなされました。
119番通報入電時の内容は「中岳付近で道に迷った」という程度で、携帯電話の電波状態が悪く、詳細は聴取できない状況でした。その後何度か電話のやりとりを続け、警察署からAさんに110番通報をするよう指示をし、11時30分頃、Aさんからの110番通報により、現場の位置が特定されました。
現場は、稜線の登山道から木曽側へ標高差にして150mほど下部の斜面であることがわかり、警察署ではAさんの捜索のため、付近の山小屋へ出動を要請することにしました。
木曽駒ヶ岳周辺には複数の山小屋が点在していますが、その中の一つである宝剣山荘に勤務しながら、中央アルプス地区山岳遭難防止対策協会(以下の「遭対協」と略)の救助隊員でもあるBさんが出動。Aさんと合流すべく活動しますが、一帯は相変わらずの濃霧のため、3時間ほど捜索をしましたものの発見することができませんでした。
110番画像通報システムを使って
日没が迫る中、午後5時頃、再度、警察署にAさんから「特徴的な大岩の下に移動した」との連絡が入りました。Aさんは、警察署から通報した場所にとどまるよう指示をされていましたが、電波状態が悪く通話も途切れ途切れだったため「見つけて救助してもらえるのか」という不安と、動かずにじっとしているとあまりの寒さに耐えきれなくなり「このままでは死んでしまうかもしれない」という恐怖から、自力で斜面を登り返していたのです。
Aさんから連絡を受けた警察署では、近年導入された110番映像通報システムを活用し、Aさんから「特徴的な大岩」の画像を送信してもらいました。送られてきた画像には、塔のような形状をした「特徴的な大岩」が写っていました。
その日、宝剣山荘には、Bさんと同じく遭対協救助隊に所属し、班長でもあるCさんがガイド登山のため滞在していました。登山ガイドとして周辺の地形を熟知するCさんは、「塔の形状をした特徴的な大岩」の話を聞き、心当たりがあったことから、同じく遭対協救助隊員で雷鳥調査のために山荘に居合わせたDさんとともに、再度Aさんの捜索を行うこととしました。
Aさんは、運よく岩小屋のような場所を見つけましたが、立ち止まると体が冷えてきて本当に寒く、日が暮れ始めたときはライトもなかったので真っ暗の中、着の身着のままでの野宿を覚悟しました。すると、遠くで人の声が聞こえた気がしたので、必死に何度も叫んでいたところ、声が近づいてくる感じがしたので、とにかく大声を出し続けて自分の居場所を知らせました。
やがて遭対協のC班長、D隊員の姿が見えた時のことを、Aさんは「涙があふれてきて、感謝の気持ちしかなかった」と振り返っています。それだけ不安と恐怖の中で救助を待っていたのでしょう。捜索開始から約1時間後、Aさんは無事発見され、19時半頃には宝剣山荘にたどり着き、その日は宝剣山荘に宿泊し、翌朝、無事下山することができました。
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