中央アルプス、濃霧に包まれた登山道で一人きり。誤った方向に下山してしまい―― ~長野県・山岳遭難の現場から
この夏山シーズン、長野県では116件の山岳遭難が発生した。さまざまな事例がある中で、未然に防げた可能性の高い事故も少なくなかった。そこで今回は、リスクに備えることの重要性を伝える、中央アルプスでの遭難事例について考察する。
日帰り予定とはいうものの・・・
発見時、Aさんは雨のためずぶ濡れで、日帰り予定を理由にヘッドランプやビバーク装備を携行していませんでした。今回は、偶然、現場をよく知る遭対協班長のCさんたちが近くの山荘に滞在していたため、当日中に発見され解決となりましたが、Cさんたちがいなければ、Aさんは現場で厳しいビバークに耐えなければならなかったかもしれません。また、仮にビバークとなれば、乏しい装備では命に関わる深刻な低体温症に陥っていたかもしれません。
ビバーク装備の携行については、これまでもたびたび言及していますが、予期せぬアクシデントに備え、最低限、簡易シェルター、防寒着、ヘッドランプ、非常食の携行をしていただきたいと思います。特にこれから秋が深まると、山の寒さは厳しさを増します。加温や保温ができるものや、バーナーなど熱源となるものの携行も検討していただきたいと思います。
雨と濃霧の中、ガイドブックは開けず・・・
Aさんは、これまで登山では、登山地図アプリのヤマップを使っていたそうですが、今回は事前に地図をダウンロードし忘れてしまい、遭難当日に山中で使用を試みたものの、電波状態が悪く、地図が表示されないため、使用できなかったそうです。
登山地図アプリの多くは、事前にスマートフォンに地図データをダウンロードし、スマートフォンのGPS機能を用いて、読み込んだ地図上にナビゲーションのように現在地が表示されるという仕組みになっています。ですから、通信環境の悪い山中でいきなり地図アプリを使おうとしても、今回のAさんのように容量の大きな地図データの取り込みができなければ使用できない場合があります。
地図アプリは、道迷い防止に非常に有効ですが、事前にその特性、使い方をしっかりとマスターし、バッテリー対策を講じた上で利用すべきでしょう。
Aさんは地図アプリのほか、普段から登山に際し、該当山域のガイドブックを携帯して登山をしているそうで、今回もガイドブックを持って入山ました。しかし、当日は雨足が強く、とても行動中にガイドブックを取り出して開けるような状況ではなかったそうです。
そのため、土地勘のないAさんは、前述のとおり登山中は進行方向を逐一、ほかの登山者に聞きながら行動していたそうです。救助後に見せてもらったガイドブックは、雨に濡れて肝心の地図ページは破れて使えなくなってしまいました。
紙媒体の情報は、スマートフォンの紛失、故障、地図アプリの不具合などのトラブルの際のバックアップにもなりますので、併用をお勧めしますが、携帯性を考えるとガイドブックではなく、登山用の地図がよいでしょう。地図専用の防水パックなどを活用すれば雨天でも使用することができます。
濃霧の行動のリスク
今回の遭難の直接的な要因は、当日の悪天候、特に「濃霧」です。
以下の2枚の画像は、今回の現場近くに立つ宝剣山荘の近くで撮影したものです。濃霧の立ちこめる画像は、翌日Aさんと同行下山した際に撮影したものです。うっすらと見える建物との距離は約50m程度で、この日も朝から濃霧が立ちこめ非常に視界が悪い状況でしたが、Aさんが道に迷った前日はもっと視界が悪かったそうです。
このような濃霧の中、今回のAさんのように初めてのコースを1人で下山しなければならないとしたら、相当の不安を覚えるのではないかと思います。心理的な余裕を失い、冷静な判断ができなくなれば、ますます道迷いのリスクが高くなります。
Aさんが遭難した日は同じ中央アルプスの檜尾岳でも70歳代の女性が同じように濃霧の中を下山中、道を見失い救助されています。それだけ道迷いのリスクの高い気象条件だったと言えるでしょう。
もう一枚の青空が映える画像は後日天候のよい日のパトロール時に撮影したものですが、同じ場所でも受ける印象は全く違います。
気象条件は登山の安全を左右する重要な要素です。ただ、いつも晴天の登山ばかりでは、いざ悪天候に見舞われた時に対応できなくなってしまいますし、行動中に天候の悪化に見舞われることもあるでしょう。長く登山を続けるのであれば一定程度の悪天候時の行動経験も必要です。道迷いや低体温症などの悪天候時のリスクを認識し、対応できる備えを持った上で入山してもらいたいと思います。
終わりに
夏山が終わり、9月に入るとアルプスなどの高山では徐々に紅葉が進み、日増しに秋の気配が色濃くなります。日照時間も短くなり朝晩の冷え込みも段々と強くなりますので、ヘッドライトや防寒具、暖をとれるバーナーや保温ボトルなど装備を整え、入山をしていただきたいと思います。近郊の里山に日帰り予定で登る場合も、いざという時に備えて前述したような緊急時対策装備は削ることなく携行をお願いします。
また、秋の晴天時は快適な登山が期待できますが、10月以降は、標高の高い山域では低気圧や寒冷前線が通過する際は、みぞれや吹雪となる場合もあります。登山の際は必ず事前の気象情報を確認して行動に支障が出るような悪天候が予想される場合は、入山を見合わせるなど安全を優先した判断をお願いします。
短くも魅力的な秋山シーズンを安全に楽しんでいただきたいと思います。
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