高齢登山者による遭難事例から、長く安全に登山を楽しむためのポイントを学ぶ ~長野県・山岳遭難の現場から

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夏山期間中、長野県内の遭難者125人のうち、6割を占めているのが高齢登山者となっている。高齢登山者による転倒や疲労の遭難が多発傾向にあるなか、9月に北アルプスで発生した2件の高齢登山者による遭難事例を取り上げ、長く安全に登山を楽しむためのポイントについて考察する。

目次

増加する「無事救出」遭難者

近年の県内の山岳遭難の傾向の一つに「無事救出者数の増加」があります。「無事救出」とは、救助要請をして救助隊やヘリコプターが出動し、救助をされたものの、ケガなどはない遭難者を意味します。以前は遭難者全体の2割から3割程度でしたが、ここ数年は4割近くを占めています。

道迷い、疲労、一時的な体調不良、装備不足や技量不足等による行動不能遭難がこの「無事救出」に当てはまります。特に今年は猛暑の影響もあり、疲労による行動不能遭難が相次いで発生しました。実際にどんな遭難が発生しているのか、次に紹介する合戦尾根の事例を見てみましょう。

 

登山歴5年の77歳、憧れの燕岳へ

神奈川県在住の77歳のBさんは、登山歴5年。近所の鎌倉アルプスを奥さんと2人で歩いたのをきっかけに登山に目覚め、普段は丹沢山系を中心に週に1回の頻度で登山を楽しんでいたそうです。登山を始めてから、いつかは北アルプスに登りたいという憧れがあり、運良く山小屋の予約がとれたため、9月上旬に1泊2日の予定で燕岳登山を計画することになったそうです。

1日目は6時30分に中房を出発し、15時ごろに燕山荘に到着したそうです。合戦尾根の標準的なコースタイムが約5時間ですので、やや時間がかかっていると言えるでしょう。実際にBさんに確認すると、「体力的な余裕はあまりなかった」と振り返っています。

Bさんに普段の体力作りについて聞いたところ、6月ころまでは合戦尾根と同じくらいの標高差(約1300m)のある「塔ノ岳」や「丹沢岳」を週1回程度の頻度で登っていたそうで、知り合いからも「それだけ歩ければ燕岳なら登れる」と言われたことから今回の登山を計画したそうです。ただ、7月、8月は猛暑のため外出をしなくなり、2カ月間はそれまで習慣化していた丹沢登山もまったくしなくなってしまい、体重も4~5㎏ほど増えてしまっていたそうです。

「北アルプスの女王」燕岳

 

下山中に両足が動かなくなり、行動不能に

翌朝は、5時ごろ山荘を出発しておよそ2時間かけて山頂を往復し、午前8時に下山を開始しました。しかし、明らかにペースは上がらず、Bさんは途中の合戦小屋付近で自分たちのペースがだいぶ遅いことを自覚していたそうです。

当初は「暗くなる前には下山できるだろう」と考えていたそうですが、そのような楽観的な見通しもすぐに打ち砕かれ、第3ベンチを過ぎる頃には足全体に力が入らなくなり、そこから先は奥さんに支えられるように下山。第1ベンチ付近でいよいよ歩行不能となってしまい、17時52分、110番通報し、救助要請をしました。

途中から降り始めた雨に打たれながら、暗闇のなか救助を待つこと約3時間、20時42分に県警の救助隊員と合流し、Bさんは背負い搬送により中房登山口まで搬送され、その後待機していた救急隊に引き継がれました。

Bさんを背負って登山口まで搬送する救急隊員

 

過信が招いた遭難

今回の事例は、「自分としては、もうちょっと行けるだろうと思っていたが全然ダメだった」と振り返っているように、Bさん自身の体力に対する過信と事前のトレーニング不足が招いた、典型的な体力不足による疲労遭難といえます。せっかく丹沢登山で身につけた体力も、2カ月という中断期間を考えると、燕岳登山のころにはその効果はほとんど期待できなかったのではないかと思います。

「加齢に伴う身体能力の低下」は、誰もが避けて通ることはできない現実です。若年層であれば多少のブランクがあっても基礎体力でカバーできるかもしれませんが、年齢が高くなればなるほど、また年齢にかかわらず普段の生活強度が低い人ほど、登山に必要な体力を維持するためには継続的なトレーニングが必要になります。今回の遭難はその必要性を端的に物語る事例と言えるでしょう。

 

おわりに

Aさん、Bさんに「今回、遭難を経験し、同世代の登山者に伝えたいこと」を聞いたところ、Aさんは「自分の力量や体力に合った山を選んでほしい。少しでも不安があったら引き返してほしい」。一方、Bさんは「自分たちがそうだったが『大丈夫だろう』という過信は禁物。高齢者ほどその時の状態を把握、認識して判断しなければならない。それから継続は大切」と答えてくれました。

我々がパトロールなどの機会で高齢登山者の皆さんと接すると、

 「ゆっくり歩くから大丈夫」 
 「行けるところまで行ってみます」
 「なにかあったら救助を呼びます」

という言葉を耳にします。しかし、我々とすれば、そのような皆さんには下記のようなリスクを考えていただきたいと伝えています。

「ゆっくり歩くから・・・」
⇒行動時間に見合った飲料・食料は持っていますか?長時間行動はハイリスクです。

「行けるところまで・・・」
⇒知らず知らずのうちに限界に挑戦していませんか?余裕のあるうちに撤退を。

「なにかあったら・・・」
⇒山ではすぐに救助はできません。ビバークはできますか?非常用装備はありますか?

遭難をしてから後悔することのないよう、事前準備を万全にして、実力に見合った登山を心がけましょう。 

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山岳遭難の現場から Mountain Rescue File ~長野県警察山岳遭難救助隊

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