クマ事故はなぜ起きた?私たちができることとは?上高地発、「クマとヒトのいい関係」を考える【前編】

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小梨平の人身事故その後

「オーバーツーリズムの側面もある。本来は野生動物と人の間に一定の距離感があるはずですが、近くなって本来の距離感じゃなくなっているのでは」

河童橋で見てきたことを話すと、歩いて5分先の小梨平キャンプ場の支配人、道鬼梨香さんがそんな感想を口にした。事故後、キャンプ場では積極的なクマ対策をとってきた。一方で環境省のデータによれば、昨年2023年は上高地でのツキノワグマの目撃件数は183件で過去最高となった。入込者数も125万人となり、過去10年間で最多となっている。

「もともと野生動物の住処で、人がお邪魔させてもらうには、私たちがルールを守らないと」(道鬼さん)

適切な距離感をとる必要があるのだろうけど、どんな対策が適切なのかは「実際いまでもなにが正解かわからない」(道鬼さん)という。

「どれが正解かわからない」と考えながら言葉を選ぶ道鬼さん
「どれが正解かわからない」と考えながら言葉を選ぶ道鬼さん

ぼくは槍・穂高などの登山がメインだったので、小梨平は素通りしてばかりだったけど、今回来てみて小梨平周辺が以前より明るくなっているのは気づいた。事故時にはクマはササヤブを伝ってテントに近づいている。人の食べ物を食べたことのないクマには用のないエリアだ。テント場はクマにとっては「来たくない場所」(道鬼さん)に変わった。

2020年の事故はこのトイレの前に張ったテントが襲われた
2020年の事故はこのトイレの前に張ったテントが襲われた。テントはトイレの脇に引っ張り込まれ被害者はトイレに逃げ込んだ。当時はササで覆われていたが、今は刈り払われている
小梨平のササヤブ
小梨平のササヤブ。以前はキャンプ場のあちこちにササが繁茂し見通しも悪かった

小梨平は名前通り小梨=ズミの生育地だ。サルが夢中で赤い実を食べているのに出くわした。ほのぼのしているのだけど、キャンプ場の人はサルを見かけたら爆竹などで追い払うこともある。

小梨平キャンプ場内の赤いズミの実を食べにきたニホンザル
小梨平キャンプ場内の赤いズミの実を食べにきたニホンザル。夢中で食べ続ける

一度口にしたらやめられない

もともと上高地はツキノワグマの生息地域であり、クマと人の利用エリアは重複している。遭遇頻度が多ければ予期せぬ事態も起きやすい。2022年の統計を見ると、目撃時のクマの距離は10m以下が39件で4割近くと一番多く、鉢合わせの事例が想定できる。

「それまではクマはいても人に近づくクマはいなかった。コロナ禍でクマの習性が変わったところもある。緊急事態宣言で外出規制がかかった時期があり2020年は人がそこに出はじめた――」(道鬼さん)

出没したのは人のほうだった。

「――クマのほうは食べ物を探していたら偶然人の食べ物を口にした」

一度人間の食べ物を口にしたクマは「やめられない止まらない」状態になり、さらに探し求めることになる。以後ゴミと食べ物の管理は徹底され、バーベキューも禁止されている。お盆の混雑期間は予約制になった。

宿泊してみた。

申し込み時に注意書きを書いた紙を手渡され簡単な説明を受ける。食べ物は不在時や夜間は大きなフードコンテナに保管することになる。ゴミはそのフードコンテナの中に置き場があった。

テント内に食料を置かないようにフードコンテナが設置された
テント内に食料を置かないようにフードコンテナが設置された

度々スタッフが見回りをしているのを見かけた。注意書きの紙には電話番号もあり、利用状況が悪いお客さんは注意されるようだ。夜中に食料をコンテナに持っていくのは若干わずらわしい。でも「人がちゃんとすれば事故は起きない。お互いのためだから、めんどくさがらずにやってほしい」(道鬼さん)と言われれば理解できる。

食料をフードコンテナにしまって岳沢に向かった。

後編に続く

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プロフィール

宗像 充(むなかた・みつる)

むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。

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