テントで就寝中にクマが!上高地発、「クマとヒトのいい関係」を考える【後編】

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今年7月、上高地からほど近い岳沢の幕営地で、食料が荒らされるとともに、テントの外から登山者1人がクマにのしかかられた。上高地では2020年8月と昨年9月にもクマによる人身事故が発生。大鹿村在住のライターが上高地を取材し、現代の「クマとヒトのいい関係」について考えてみた。

文・写真=宗像 充、トップ写真=田代湿原を歩く親子クマ(環境省上高地管理官事務所提供)

前編はこちら

テントの外からクマが・・・岳沢のヒヤリハット

食料をフードコンテナにしまって岳沢に向かった。

今年7月21日、岳沢小屋近くの幕営地で、夜間食事をすませてテントで横になっていた登山者が、クマとみられる動物にテントの上からのしかかられた。声を出して蹴り上げると、いなくなった。テントは破かれ、ポールが折れていた。

その前、16日夜から18日昼にかけては、設営されていたテントが荒らされ、テント内のフリーズドライ食品が食べられていた。山小屋では幕営地を一時閉鎖した。環境省の手でセンサーカメラがしかけられ、経過観察がなされた。その後、当該個体と思われるクマは捕獲され、専門家と協議の上、奥山へ遠方放獣されている。

小屋は山岳地域の灌木地帯でクマの生活場所
岳沢小屋は上高地から2時間半。小屋は山岳地域の灌木地帯でクマの生活場所

当日は小屋まで大きな声が聞こえたという。小屋から枯沢を挟んで100mほど離れた幕営地に行ってみると、灌木帯の中に幕営スペースが上下に散在している。人の食料の味をしめた獣からすれば、「食べ物保管庫」のテントは指呼の間だ。

現在はテントの張りっぱなしや食料の置きっぱなしはしないように、小屋は幕営者に注意している。「この辺りは付近にクマが出没することはあったし、テントに食料も置いていたと思いますが、今まではテントに接触することも含めて、聞いたことがなかった」と小屋のスタッフは振り返る。

岳沢のテントサイトは灌木帯の中に散在している
岳沢のテントサイトは灌木帯の中に散在している

動物が安全に思う距離は狭まっている

「小梨平での事故の後、誘引物管理を徹底しました。原因を特定すると、排水の汚水桝に流れ込んでいる食用油にクマが誘引されていたことがわかった。当時も誘引物管理をしていなかったわけではなく、『まさかこれも』だった。通常の営業施設ではどこにでもあるものです」

2020年以降の上高地全体のクマ対策について解説してくれたのは、環境省上高地管理官事務所の松野壮太さん(国立公園管理官)だ。ササを刈って人とクマの境界を明確にすることのほかに、現状を把握し目撃情報を整理して関係者と共有し、どういう対応が適切かの仕組みづくりに取り組んでいった。

松野さんは上高地の前はヒグマのいる大雪で管理官をしていた
松野さんは上高地の前はヒグマのいる大雪で管理官をしていた
取材で上高地を訪問した前日にも目撃情報があったが、明神への道は利用者が頻繁に歩いていた
取材で上高地を訪問した前日にも目撃情報があったが、明神への道は利用者が頻繁に歩いていた

「小梨平の事故を振り返ると、当時は老齢で大きいクマが昼間周辺の林縁にいて、夜間になると施設周辺に出ていたようです。事故後、誘引物管理が徹底されてエサが得にくくなり、大きいクマは山の上部の本来のエサ場に戻ったようです。 反対に、ここ数年、上高地周辺では亜成獣や母子など力の弱い特定の5〜6個体が頻繁に目撃されるようになりました。リスク承知の上で人の利用場所を活動エリアにしているようです」

それにしても距離が近くないか。

「私も5mの至近距離で見たことがあります。動物が安全に思う距離は狭まっている。ただ登山道で会ったにしても向こうから襲うことはなく、人に依存していないで野生状態が維持されている。実はそれはすごいことです」

岳沢湿原での昨年の事故は、大雨で風が強く、ほかに人がいないなか、お互いに存在を知らないまま鉢合わせた偶発の事故だったという。現在、木道周辺のササは刈られて見通しがよくなっている。

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プロフィール

宗像 充(むなかた・みつる)

むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。

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