森で自殺死体の回収作業をした猟師。その後、家で起きた異変【山怪】
山で働き暮らす人々が実際に遭遇した奇妙な体験。べストセラー山怪シリーズ『山怪 弐 山人が語る不思議な話』より一部抜粋して紹介します。
文=田中康弘
犬を入れた訳
小原孝二さんは四十年以上の猟歴を誇るベテランである。獣を打ち倒すのが猟師の性ではあるが、何も殺生を好む訳ではない。むしろ山とそこに住む獣を愛おしく感じている。目の前に熊がのそのそ降りてくると、“お前、俺に撃たれてもいいか?”と問いかけるような猟師なのだ、小原さんは。
「俺なんか馬鹿だからなあ、何も感じないし何も見えないんだよ。死体が転がっていても気がつかないで、その上跨いで歩いてるもんなあ」
これは本当の話である。よくコンビを組む若手猟師と山へ入った時、若手が自殺死体を見つけても、すぐそばにいる小原さんはまったく気がつかなかったことが二度ほどあった。以来その若手は死体を見つける男と言われている。
*
「山の中でよ、カッパがあったんだ。ああ、また誰か手の込んだ悪戯してるなあって見てたんだ」
それは岩の上に座るように置かれていた。人が入っているかのようにカッパの上下を着て、まるで案山子(かかし)である。ただ頭の部分は何もなかった。
「おい、これ見ろよ。こんなもん作った奴がおるぞ」
しかし明らかに不自然な姿に同行者が調べると、カッパの中には人骨が入っていた。辺りを探してみると、少し離れた場所に頭蓋骨も転がっている。明らかな首つり死体だった。
丹沢は都心から近いせいか自殺者が多い。森に分け入り最期を迎えた人たちは、多くの場合猟師に発見されるのだ。
*
小原さんは何も見たことがないと言うが、実際には自殺死体を見つけて回収作業をしたことはある。それ自体はさほどのことではなかったが……。
「死体見つけてからよ、毎晩だ」
「毎晩どうしたんですか?」
「金縛りよ。ああもう来るな来るなって思ったら動けないんだ。あれは悪い女だよ、本当によ」
どうやら見つけたのは女性の死体だったようだ。彼女はお礼が言いたいのか恨み言が言いたいのかよく分からないが、毎日のように顔を出すようになったのである。これが一月(ひとつき)も続くと、さすがの小原さんもたまりかねた。そこで……。
「犬を入れたんだ、家の中にさ。それまで犬はずっと外で飼ってたからなあ」
「どうなりました?」
「うん、犬入れてからは何も起こらなくなったな」
彼女はよほど犬が嫌いだったらしく二度と現れなかった。こうして小原家の犬は家の中で暮らすようになったのである。
*
小原さんは何も感じないし何も見えないと頑なに言うが、実は違う。誰よりも先に感じるタイプなのだ。そこでいち早くその存在を否定しようと、何も見ないし感じないように策を施しているように思える。本来は感じるタイプの小原さんは自然と感覚をコントロールする術を身につけたのではないだろうか。すべてを受け入れていては身が持たないと体が反応しているようだ。しかしそこを乗り越えてくるモノもたまにあるから山は侮れない。
(本記事は、ヤマケイ文庫『山怪 弐』を一部抜粋したものです。)

山怪 弐 山人が語る不思議な話
| 著 | 田中康弘 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 880円(税込) |
プロフィール
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『シカ・イノシシ利用大全』(農文協)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)、『山怪 山人が語る不思議な話』シリーズ『鍛冶屋炎の仕事』『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』(山と溪谷社)などがある。
山怪シリーズ
現代の遠野物語として話題になった「山怪」シリーズ。 秋田・阿仁のマタギたちや、各地の猟師、山で働き暮らす人びとから実話として聞いた、山の奇妙で怖ろしい体験談。
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