あれはツチノコだったのか? 奈良の林道に現われた不可思議な蛇【山怪】
山で働き暮らす人々が実際に遭遇した奇妙な体験。べストセラー山怪シリーズ『山怪 参 山人が語る不思議な話』より一部抜粋して紹介します。
文=田中康弘
ツチノコの里
日本を代表する謎の生物といえばツチノコである。その存在は古くから各地に伝えられているが、呼称はさまざまだ。1980年代に各地で大々的な探索が行われたり懸賞金が掛けられ話題になった。当初は百万円だった額が一億円にまで跳ね上がる。主催者の“どうせいないんだからいくらでも高くすればいい”という思考が透けて見えるようになって、騒動は収束へと向かった。
下北山村の温泉施設にはツチノコ探検隊の大横断幕や多くの資料が展示してある。村をツチノコ共和国として活性化事業も行われたが、今は昔の感がある。当時はやたら目撃情報も多く、村民がこぞって協力していたことが伺えるが、今は誰に訊いても、
「ツチノコ? あれは地域振興じゃからねえ」
「あんなもんいる訳がないわ」
「おったら捕まえて大金持ちやがな」
真面目に聞くなよ、そんな話を、という感じである。これは広島県旧西城町(現庄原市)のヒバゴンとまったく同じだ。ヒバゴンも近隣の住民からは“あれは当時の町長が蓑笠付けて歩き回っただけじゃあ”と完全否定されている。しかし本当にヒバゴンやツチノコは観光資源のためにでっち上げられただけの存在なのだろうか。
*
「ツチノコかどうかは分からんけんどなあ、まあ凄い生き物がおることは間違いないねえ」
話をしてくれた山岡昌幸さんは役場のOBで、山岳救助隊員でもある山のベテランだ。
「山でなあ、そういうもんを見た言うやろ。そうすると新聞社とかから話を聞かせてくれ言うてなあ、“また噓つきがおった”みたいなことになるんやで。そやから話をあんまりせんのや」
*
ツチノコに関する目撃談や体験談が溢れる反面、確実な証拠は皆無。いい加減飽き飽きしているところで“見た”などと言えば、狼少年ならぬツチノコ老人扱いは免れない。そんな状況の中で、山岡さんは極めて不可思議な蛇の話をしてくれた。
「あれは仕事で山へ行った時や。林道を走っておったんや、そうしたら妙な蛇が道におってな。それが凄い毒々しい色なんや。緑色のこうテラテラ光ったみたいな凄い色」
役場の後輩と一緒に現場へと向かう途中で見た物は、それまでに見たことのない蛇だった。あまりの不気味さに、これがひょっとしたらツチノコの正体ではないかと山岡さんは考えたのである。
「これは捕まえたろ思うて、わしが車から降りてそいつに近づいてよう見たらなあ、なんやピンと一本に伸びとるんや」
長さは60~70センチ程度、まるで一本の棒のように硬直している。死んでいるように思われたが、体色のあまりの毒々しさに山岡さんは手を出すのが躊躇われた。
「蛇やったらマムシでも何でもぴゅって簡単に捕まえるで、わしは。しかしそいつはちょっと無理やった」
車から測量用の棒を引っ張り出すと、その蛇を軽く突いてみたが異常に堅かった。かちんかちんなのである。山岡さんは車に乗り込むと後輩に車で轢くように指示した。
「軽く踏んで、それで持ち帰ろうとしたんやけどな」
“ゴンッゴンッ”
大きな音と衝撃が車内に伝わった。
「あれ、前輪後輪で轢いたんかいな? ぐちゃぐちゃになってもうとるがな」
乗っていたのは軽トラではなくスズキのエスクードである。荷物と人員を考えると1.5トン近い重量があるから、そう思ったのももっともだ。
「車から降りて後ろ見たけど、どうもなっとらへん。まったくの無傷なんや、そいつ。“こらあかんわ、おい、もいっぺん轢け”後輩に言うたんやけどな」
バックで車が近寄ってくると、毒々しい色のその蛇は急に鎌首を持ち上げた。あのカチンカチン状態だった蛇は立ち上がると車のタイヤ目がけて大きくジャンプしたのだ。
「タイヤに嚙み付こうとしとるんや。これは危ない思うたよ。こっちに来たら大変やから」
山岡さんは捕獲を諦めて、その場から逃げるようにして離れたのである。
「それがツチノコなんかはよう分からん。そいでも今までに見たことのないほんまに気色悪い奴やったで」
(本記事は、ヤマケイ文庫『山怪 参』を一部抜粋したものです。)

山怪 参 山人が語る不思議な話
| 著 | 田中康弘 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 880円(税込) |
プロフィール
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『シカ・イノシシ利用大全』(農文協)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)、『山怪 山人が語る不思議な話』シリーズ『鍛冶屋炎の仕事』『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』(山と溪谷社)などがある。
山怪シリーズ
現代の遠野物語として話題になった「山怪」シリーズ。 秋田・阿仁のマタギたちや、各地の猟師、山で働き暮らす人びとから実話として聞いた、山の奇妙で怖ろしい体験談。
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