新緑の深い森と富士の眺望。甲武信ヶ岳
読者レポーターより登山レポをお届けします。真鍋晋さんは甲武信ヶ岳(こぶしがたけ、2475m)へ。
文・写真=真鍋 晋
甲武信ヶ岳は標高2475m、奥秩父にある百名山のうちの一山である。このなんともかっこいい山名は、この山が甲州(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)の三県にまたがることに由来するといわれる。主な登頂ルートは、長野側からの毛木平(もうきだいら)ルートと山梨側からの徳ちゃん新道の2つがある。
今回は混雑が予想されるゴールデンウィークの日帰り登山であるため、都心部からのアクセスがよい山梨側から登ることにした。登山口に近い西沢渓谷は、勝沼ICから30分程度である。アクセスがよい反面、徳ちゃん新道は体力面でやや厳しいルートでもある。総移動距離が14km、標高差は1700mで、標準タイムでは往復に9時間30分もかかる。“体を張って、どっぷり山に向き合う”、そんなルートと言える。
朝6時、西沢渓谷市営駐車場に到着。ここは登山者だけでなく、渓谷散策を楽しむ人たちの出発拠点にもなっている。そのためか駐車場は広く、トイレもきれいに整備されている。心地よい清流が流れる遊歩道を30分ほど歩くと、甲武信ヶ岳登山口に到着する。登山口にある登頂マップには、山頂までの尾根沿いのルートが描かれている。この絵をみるとつい見晴らしのよい尾根道を連想してしまう。しかし実際には、樹林帯の急登をずっと登っていく、ハイキングコースというよりも、僧侶が修行を行なう修験道のようなルートだ。
序盤はカラマツの深い森が続く。新芽の季節でもあり、ここは緑がとても美しい。平坦な道は長くは続かず、ほどなく勾配のきつい急登となる。視界に入る急坂をなんとか登りきると、目の前にはすぐまた次の急坂が現われ、しばらくはこれが繰り返される。さらにこのあたりの道は、切り立った細い尾根道が多く、休みをとれる開けた広場が少ない。
結局、登山口から3時間ほど登った近丸(ちかまる)新道との分岐まで来て、ようやくザックを降ろしてゆっくり休憩をとることができた。この間は深い森の急登を登り続け、展望はあまりない。とはいえ決して退屈なわけではなく、途中の山道にはタコ足のようにみごとに発達した浮き根があったり、目の前をシカの群れが横切ったりと、随所に森の豊かさを実感できる。
もう少し後の5月半ばになれば、シャクナゲやヤマツツジが花の回廊を作る。残念ながらゴールデンウィークのこの時期には、ヤマツツジのつぼみが所々ある程度で、こうした花はまだ咲いていなかった。
登山道を進んでいくと、やがて植生は背の低いハイマツへと変わり、ここでようやく展望が広がる。甲武信ヶ岳は、富士の眺望が美しい山としても知られている。振り向くと、折り重なる奥多摩の山々の向こうに、優雅に裾野を広げた富士山を眺めることができる。
標高2000mを超えたあたりから、登山道は雪道に変わる。特に日当たりの悪い山道では、雪は堅く凍っており、この季節はまだチェーンスパイクが必要である。このあたりの山中は、厚いコケが山床を埋め尽くすコケの森であるが、この時期は白い雪がモザイク状に混じり合っている。木漏れ日に照らされた、白と緑のコントラストもまたきれいだった。
戸渡(とわたり)尾根の長い急登を登りきると、木賊山(とくさやま、2469m)である。山頂の展望は悪いが、少し先まで行くと視界の開けた広場のようなところがある。ここでようやく、三角形をした甲武信ヶ岳の山容が姿を現わす。徳ちゃん新道ルートでは、標高の変わらない木賊山が進路の手前にそびえているため、この山頂に来るまで、甲武信ヶ岳の姿を拝むことはできない。めざすゴールが間近に見えてくると、いよいよ気持ちも高揚してくる。
山頂から10分ほど下ると、甲武信小屋があり、ここでトイレや飲水の補給ができる。冷たいジュースを買って、持参のパンとおにぎりで腹を満たし、いよいよ山頂へのアタックとなった。
小屋から山頂までは10分程度である。甲武信ヶ岳の山頂に立つと、三六〇度のみごとな展望を楽しむことができる。空気の澄んだ日には百名山のうち43座まで見ることができるらしい。この日は空気が少し霞んでいて、遠くまでは見渡すことはできなかった。それでも間近に見える、残雪をいただいた八ヶ岳連峰は見応えが充分だった。
しばし山頂からの眺望を楽しんでいたが、帰りの長旅を考えると、あまりのんびりはしていられない。勾配のきつい箇所が多く、まだまだ脚力が要求される。こまめに休憩をとり、お菓子を食べたり、写真を撮ったりしながら、復路を楽しんだ。
甲武信ヶ岳は、奥秩父の深い森と高山の爽快な眺めが魅力である。特にこれからの時期は、ヤマツツジやシャクナゲが花の回廊をつくり、また違った味わいが加わる。勾配もきつく、移動距離もやや長いため、本来なら小屋で一泊して、ゆったりと楽しむのがおすすめである。
(山行日程=2025年5月5日)
MAP&DATA

真鍋 晋(読者レポーター)
普段は現役外科医、週末は登山・トレラン・ジョギング。じっと座っていることが、苦手な性分です。
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