初めて登る、幌尻岳。百名山の最難関、若い二人の挑戦

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北海道・平取町にそびえる幌尻岳(ぽろしりだけ、2052m)。百名山の難関として全国の登山者に知られています。そんな幌尻岳ですが、地元の山岳会によって町民登山が毎年行なわれています。登山初心者の一般の町民でも難関の幌尻岳は登れるのか? 一般社団法人平取町山岳会で、事務局長を務める藤田英幸さんに、町民登山のレポートをしてもらいました。若者二人は登頂できるのでしょうか。

文・写真=藤田英幸(平取町山岳会)


山頂直下の山路を登りながら、私はこう考えていたのです。

地元の意見というものは、ときに意図せず角が立つものです。ルート上には徒渉があり増水すれば予定がすべて流されます。山小屋の予約はいつも満員でしかもとても窮屈です。とかくにこの山は登りにくいと評判なのです。

この山とは、お察しの通り幌尻岳であります。またいつのころからか日本百名山の最難関という冠名がついています。完登をめざす登山者のみなさまは、たいてい終盤に登られます。ネットでの登頂記を拝見しますと「残るべくして残ってしまったが、噂にたがわず最難関」。だいたいそのような書きぶりが多いように思うのです。多くの山に登られているみなさまがそうおっしゃるのですから、難関には違いないのでしょう。しかしこの山には最難関というイメージが先行しすぎてはいないかと、地元に住む私はいつも感じていたのであります。

さて、私の前をその「百名山最難関 幌尻岳」の山頂をめざして歩く若い男女が2人。男、リョージは登山そのものが初挑戦の21歳。女、ユキモは登山経験は「丹沢(たんざわ)のなんとかって山に登ったことがある」という程度の24歳。その2人がまもなく登頂という状況です。このように書きますと「山をなめるな」とか「順序ってものがあるだろう」などお叱りの言葉をいただくかもしれませんが、この若い2人は嬉々として登頂を果たそうとしているのであります。見晴るかすものみな山また山のなかで私は考えるのです。最難関の評価とは人それぞれで違うはずだと。

山開き町民登山に若者が参加

私が所属する平取町山岳会では、幌尻岳の登山シーズンの開始に合わせて、主に平取町民を対象に、山開き町民登山会として幌尻岳への登山会を開催しています。この登山会は地元の秀峰である幌尻岳の魅力を町民のみなさまに広く知ってもらうために行なっており、額平川(ぬかびらがわ)を徒渉し、幌尻山荘に一泊して山頂をめざすルートとなっています。本年は6月28日から29日に幌尻山荘に一泊し実施しました。

町民登山の記事化について思案していたところに、平取町出身のリョージが参加希望を表明してくれました。彼はスノーボード選手として、本年イタリアのトリノで行われた冬季ワールドユニバーシティゲームズ日本代表として参加し、男子ビックエアで優勝した実力者です。登山経験はまったくありませんが、フィジカルも強く、彼を中心に最難関の幌尻岳へ登山未経験の若者が挑むといった内容にできないかという構想が芽生えたのです。彼がひとりで行ってきますと言い出したら、それこそ「山をなめるな」ですが、山岳会のサポートを得ての町民登山で、かつ彼の肉体的なポテンシャルであれば充分登頂可能とふんだのです。

さらにリョージに続いて、平取町で地域おこし協力隊として活躍するユキモが町民登山会への参加希望を出してくれました。登山経験はほとんどありませんが基礎体力はありそうです。そこで私はリョージとユキモという若い2人がどのように幌尻岳に挑み、どう感じたかをレポートすることに決めたのでした。

登頂のカギは天候

さて、幌尻岳の登山で最も懸念されるのが天候です。特に平取町から山頂をめざす場合に、降雨が続いている場合や、大雨が予想される場合には額平川の水位が上昇し安全な徒渉は困難となるため、シャトルバスの運行も取りやめとなります。このことは幌尻岳への登山そのものが中止ということを意味します。

道外の登山者が幌尻岳の登山口に立つまでには、幌尻山荘の予約に始まり、往復の飛行機の確保、レンタカーの調達、休暇の調整、その他諸々の準備とそれなりの費用が必要です。にもかかわらず、さまざまな準備を重ねても、ただ一点、天候に恵まれなかったため登山口にも立てないということは、なかなかに切ないことだと思います。しかし天気ばかりはどうにもなりません。

この天候に左右されるリスキーさも幌尻岳が最難関といわれる要因であることは間違いないでしょう。私も長期予報を凝視しながら、当日天候に恵まれることを願い続けました。そして雨の心配はほぼないことを確信したときは本当に安堵しました。そして最高の天気で登山会当日を迎えることとなったのです。

徒渉は楽しい?

登山口である北海道電力取水施設でいよいよ登山開始となる2人。大舞台に慣れているリョージも緊張が隠せません。一方のユキモの表情は、万全の日焼け対策によりまったくわかりませんが、そこそこ緊張しているのでしょう。 

幌尻岳 山開き町民登山 登山前は緊張の面持ち
登山前は緊張の面持ちの二人

平取町からの幌尻岳登山での特色といえる額平川の徒渉ですが、この日は幸いにして水位も安定しており、強い日差しも相まって早く沢の中に入りたいといった様相です。天候に感謝するしかありせん。徒渉の際には緊張の表情も見せるリョージとユキモですが、休憩時間には笑顔も出て実に楽しそうです。

幌尻岳 山開き町民登山 休憩時間は笑顔がこぼれる
休憩時間は笑顔がこぼれる

今回こうして2人に余裕があるのは、このうえなく条件がよかったからです。もしこれが降雨などで水量が多い日であったらこうはいきません。水量によって難易度は大きく変わります。

また、登山者のコメントで「1回しか使わないであろう沢靴に金はかけられない。だから安い〇〇の××シューズで代用したけど沢水も少なかったし充分だった」といった登頂記を見かけます。 確かに一回しか使わないであろうものに費用をかけたくないという気持ちはわからないでもありませんが、自分の命を守ってくれるものに出費を惜しむ必要はないですし、たまたま条件がよかっただけではと思わずにはいられません。

そのようななかで、この日は特に危険を感じる徒渉箇所もなく、2人は無事に幌尻山荘(ぽろしりさんそう)に到着しました。当然山小屋泊も初めての経験でしたが、ぐっすり眠れて休養もとれたようでした。

平取町山岳会が管理する幌尻山荘
幌尻山荘に無事到着! この山荘は、平取町山岳会が管理している

急登は苦しい!

幌尻山荘で充分な休息をとり、いよいよ幌尻岳登頂に向けてアタック開始です。徒渉ばかりがクローズアップされていますが、山荘からの急登が実は体力的に一番こたえると思います。実際、体力のある若い2人も登頂後の感想で、山荘から稜線までの登りと山頂から山荘までの下りが一番しんどかったと声をそろえました。

最初は眺望もない樹林帯の中を延々と登り続けます。体力、気力とも消耗します。徒渉さえ乗り切ればあとは楽勝なわけではありません。幌尻岳登山を計画するときは余裕のあるスケジュールをもって、充分な休養をとって挑みたいものです。

幌尻岳 山開き町民登山
山頂をめざして出発

そんな急登もやがて終わり、稜線へ出ると視界が一気に開けます。左に北カールを見下ろしながらの快適な登山となり、日高山脈の主峰にふさわしい圧倒的な迫力に感動を覚えます。初夏には高山植物が咲き誇り、登山者の目を楽しませてくれます。若い2人もこの景色を写真に収めるのに一生懸命です。

幌尻岳 山開き町民登山
広大な景色のなか、稜線を歩く
幌尻岳 山開き町民登山
急登を終え、北カールを写真に収める一行
幌尻岳 山開き町民登山
山頂直下。近づく山頂に胸が躍る!

稜線上には特段の危険個所もなく、山頂まではもう少しです。そして最高の天気のなか、初挑戦で無事に幌尻岳登頂を果たしたのでした。

幌尻岳 山開き町民登山
快晴のなか、初めて幌尻岳に無事登頂

登山を終えて

今回、登山初挑戦のような2人が幌尻岳に無事に登頂したことで、この山が百名山の最難関ではなく、誰でも登れる山であるといったことを声高に言う気持ちはありません。

基礎体力がしっかりあり、天候に恵まれ、山岳ガイドが引率するツアー登山などに参加するなどすれば、幌尻岳に登頂できる可能性はぐんと高まります。百名山のなかでも本格的な徒渉を伴うのはこのコースだけですので、得難い経験になると思います。

私としては、百名山最難関という異名を返上したいのではなく、それが独り歩きして過度の不安要因にならなければいいなと願っているのです。

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:1泊2日以上
コースタイム:【1日目】約1時間40分
【2日目】約8時間40分
行程:【1日目】北海道電力取水施設・・・幌尻山荘
【2日目】幌尻山荘・・・幌尻岳・・・幌尻山荘・・・北海道電力取水施設
総歩行距離:約13,600m
累積標高差:上り 約1,384m 下り 約1,384m
コース定数:37

この記事に登場する山

北海道 / 日高山脈

幌尻岳 標高 2,052m

 日高山脈でただひとつ2000mを超す山。日高山脈最高峰であり、大雪山系以外では道内唯一の2000m峰だ。  ポロシリとは、「大きな山」の意。主脈の西側に位置するため、日高側に住むアイヌの人たちからこう呼ばれていた。十勝側にある同名の山「十勝幌尻岳」に対し、こちらを「日高幌尻岳」と呼んで区別することがある。  ペテガリ岳西尾根と並ぶ日高の人気コースが、北面のヌカビラ川の登山道である。車道終点から4時間の所に幌尻山荘があり、道はここから北西尾根につけられている。左に広い北カールを見下ろす登りで、4時間30分ほどで頂上に到着する。  もう1つの登山道は南側の奥新冠ダムからのもの。アプローチの林道歩き(5時間)の後で約5時間の長いコース。  また沢登りルートとしては、新冠川本流をつめて七ツ沼に出るもの、幌尻山荘から沢を登って北カールに出るもの、十勝側の戸蔦別川を遡るものなど、いろいろなルートがある。  大正14年(1925)7月、北大伊藤秀五郎らは美生川から入山、ピパロイ岳、戸蔦別岳、幌尻岳を登頂後、戸蔦別川に下った。

プロフィール

藤田英幸(ふじた・ひでゆき)

一般社団法人 平取町山岳会事務局長。神奈川県大磯町出身。国鉄総裁をめざす鉄分過多の幼少時を過ごす。齢五十を超え、家族に紀行の寄稿での生活を宣言するが気候での奇行と一蹴される。百名山は幌尻岳(ぽろしりだけ)と雌阿寒岳(めあかんだけ)しか登ってません。

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