テント連泊で剱岳の絶景と鹿島槍ヶ岳を楽しむ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

読者レポーターより登山レポをお届けします。下島朗さんは北アルプス・鹿島槍ヶ岳(かしまやりがたけ、2889m)へ。テントで連泊して撮影を楽しむ、2泊3日の山行です。

文・写真=下島 朗


鹿島槍ヶ岳の登頂ルートとして一般的なのは、扇沢(おうぎさわ)から柏原(かしわばら)新道を上がって冷池(つめたいけ)山荘に宿泊。翌朝、山頂まで往復して、その日のうちに扇沢へ下る1泊2日の行程かと思います。しかし今回は、あえて冷池山荘のテント場に連泊する2泊3日の計画を立てました。

1日目:扇沢~柏原新道~種池山荘~爺ヶ岳~冷池山荘テント場

柏原新道の登山口に着いたのは6時。平日でしたが登山口近くの駐車場は満車でした。そのため扇沢に近い市営第二駐車場へ、こちらも9割以上が埋まっていました。

準備を整えて、6時半に登山口を通過。天気は快晴でした。

鹿島槍ヶ岳 柏原新道
柏原新道は、大きな沢の右側(左岸)を登っていく

柏原新道は標高差1000m以上を、ほぼ登りっぱなしです。特に最初と最後に急登があります。歩き出して10分で息が上がり、30分で汗だくに。そして、いちばん大事なものを忘れてきたことに気がつきました。

体力。思い起こせば、北アルプスは昨年7月の薬師岳(やくしだけ)以来、テント泊は一昨年8月の黒部五郎岳(くろべごろうだけ)以来です。アタマの中には「あのとき行けた」という記憶がありますが、カラダはすっかり日帰り仕様。このギャップが怖い。

柏原新道は、おおむね樹林帯です。しかし西側(登りのときは左側)に、ときどき展望が開けます。

鹿島槍ヶ岳 柏原新道
8時、早くも周囲の稜線に雲がかかってきた

休憩を多めに取りながら登ること5時間。やっとの思いで森林限界を超えると稜線が見えました。

種池山荘
柏原新道を登り切ったところに種池山荘がある

テント泊は予約不要の時期だったので、12時までに稜線に着けなかったら種池(たねいけ)山荘にテントを張って、翌日、爺ヶ岳(じいがたけ)に登って帰ろうかとも考えました。しかし、なんとか昼前に到着しました。

ここから先は、比較的なだらかな道になるはず。そんな期待を持って山荘の前を右へ。しばらくは道が平坦で、両側にチングルマのお花畑が広がっていました。

その先で、爺ヶ岳とご対面。えっ、予想以上に大きい。爺さん、ゴメン。甘く見ていました。やはり北アルプスの三百名山、立派な山です。

右に大きく見えるのが爺ヶ岳南峰、左奥が中峰
右に大きく見えるのが爺ヶ岳南峰、左奥が中峰。東から雲が押し寄せている

重い足取りで爺ヶ岳を登って行きます。ここまで来ると、右に鹿島槍ヶ岳、右斜め後方に立山(たてやま)と剱岳(つるぎだけ)が見えるはず。しかし、どちらも雲の中でした。期待した景色が見えないと気持も重くなります。

展望がないなら山頂へ行っても仕方ありません。南峰も中峰も巻き道を進みました。ただ、南峰と中峰の間の砂礫にコマクサが咲いていたのはうれしかったです。

コマクサ
久しぶりに高山植物の女王様に謁見

北峰の下あたりまで来ると、鹿島槍ヶ岳にかかっていた雲が少しずつ上がってきました。そして、ついに鹿島槍ヶ岳とご対面。さすが人気の山、大きくてかっこいい。

冷乗越の手前で。左から布引山、鹿島槍ヶ岳南峰、北峰。左の尾根に冷池山荘とテント場が見える
冷乗越の手前で。左から布引山、鹿島槍ヶ岳南峰、北峰。左の尾根に冷池山荘とテント場が見える

最低鞍部から樹林帯を登り返し、冷池山荘でテント泊の手続きと水の購入。さらにひと登りでテント場です。最後はストックにしがみつくようにして登りきりました。

到着は15時半ころ。しばらく休憩して、テント設営を済ませると夕刻に。

冷池山荘テント場から立山(左)と剱岳(右)
立山(左)と剱岳(右)。この景色を見るために、ここまで来た
冷池山荘テント場から立山(左)と剱岳(右)
やがて空が茜色に染まり、ハードだった1日が暮れていく

2日目:冷池山荘テント場~布引山~鹿島槍ヶ岳~布引山~冷池山荘テント場

3時に目覚ましをかけていたものの、前日の疲れで起きることができませんでした。4時過ぎにテントからはい出すと、すでに周囲が明るくなり始めていました。

そのため早立ちをあきらめて、テント場から朝の立山・剱を撮ることに。その前に、まずは御来光。

冷池山荘テント場から眺める朝日
テント場から眺める朝日。穏やかな、ただ穏やかな御来光でした

テント場の西側にまわり、立山と剱岳が朝日に染まるのを待ちます。御来光を見る人はいましたが、夜明けの立山・剱を見る人はいませんでした。もったいないです。

冷池山荘テント場の西側で立山と剱岳が朝日に染まるのを待つ
日が昇るにつれて、立山と剱岳が薄紅色に染まっていく

テントを残し、鹿島槍ヶ岳へ向けて出発したのは6時過ぎ。まずは布引山(ぬのびきやま)をめざします。

布引山
前衛峰とはいえ、みごとな三角形の布引山。山頂まで登りが続く

布引山へ登る途中も、左側にずっと立山と剱岳が見えていました。景色は最高、しかし焦りを感じていました。前日は、8時ころには稜線に雲がかかったからです。

布引山の山頂から鹿島槍ヶ岳を望む
布引山の山頂から鹿島槍ヶ岳を望む

やはり鹿島槍ヶ岳に雲がかかり始めました。しかし、幸運なことに再び晴れて、山頂まで天気がもちました。

鹿島槍ヶ岳の南峰から剱岳を望む
鹿島槍ヶ岳の南峰から剱岳を望む
五竜岳と八峰キレットを望む
五竜岳の山頂部は雲のなか。近く感じるが、手前の八峰キレットが深い
鹿島槍ヶ岳の北峰を望む
これから向かう鹿島槍ヶ岳の北峰

鹿島槍ヶ岳は、遠目にもはっきり分かる双耳峰です。南峰と北峰の間の稜線は吊尾根と呼ばれています。特に南峰からの下りが急で、全体的に岩場が続きます。ここまでのザレた道と違ってアルプスらしい区間になります。

約40分で北峰に到着。まだ晴れていました。

鹿島槍ヶ岳北峰の山頂から南峰を振り返る
北峰の山頂から南峰を振り返る。剱岳が雲に隠れた
鹿島槍ヶ岳から八峰キレットとキレット小屋を見下ろす
八峰キレットとキレット小屋を見下ろす。空撮のような高度感

今回は、ここまで。吊尾根を渡って南峰に戻りました。山頂は日差しがあふれていましたが、周囲の山は雲に隠れて展望がなくなってきました。

ゆっくりと下山を開始。ときおりガスに巻かれますが、こんなときは花を撮るチャンス。何度も立ち止まって足もとの花にレンズを向け、コースタイムの2倍近い時間をかけてテント場に戻りました。

チシマギキョウ
チシマギキョウの紫が目を惹く
ヤマハハコ
ヤマハハコもたくさん咲いていた
ウスユキソウの仲間
ウスユキソウの仲間、その1
ウスユキソウの仲間
ウスユキソウの仲間、その2
ミヤマアキノキリンソウ
ミヤマアキノキリンソウ
タカネツメクサ
元気いっぱいタカネツメクサの群落
ヤマホタルブクロ
独特の趣きがあったヤマホタルブクロ
イワオウギと思われる花
イワオウギと思われる
ハクサンフウロ
いつ見ても可憐なハクサンフウロ
ミヤマキンポウゲの群落
ミヤマキンポウゲの群落、天国か?

花の百名山にも選ばれている鹿島槍ヶ岳、ほかにもたくさんの花が咲いていました。チングルマの花はテント場の少し先までで、そこから上はすでに綿毛でした。

14時半ころテント場に帰着。午後のテント場は西日が強くて暑い、しかも日陰がないので逃げ場がありません。テントの中はもっと暑いので、早めに夕食にして夕方の撮影に備えました。

ところが、だんだんガスが湧いて空一面がグレーに。展望がなくなりました。今日はダメかと思いましたが、日没前の数分だけ西側のガスが切れて燃えるような剱岳を撮ることができました。

冷池山荘テント場から剱岳を望む
「剱岳、燃ゆる」、そんなタイトルを付けたくなる

さらに、みなさんが寝静まったころテントを抜け出して、こんな写真も。

冷池山荘テント場からの星空
左下の山は爺ヶ岳、右下にさそり座、天の川の下の明りは種池山荘

3日目:冷池山荘テント場~爺ヶ岳~種池山荘~柏原新道~扇沢

4時過ぎにテントから出ると、周囲の山に雲がかかっていました。立山・剱は見えますが、すっきり晴れているわけではありません。それでも三脚を立ててカメラをセット、朝食の準備をしながらチョコチョコ撮影を続けました。

冷池山荘テント場から剱岳を望む
実は、こちら側から剱岳を見るのは初めて。チンネが深い、自分の技量では北方稜線には行けないと悟る
冷池山荘テント場から爺ヶ岳を望む
爺ヶ岳は雲の中。いま行っても山頂からの展望はない

針ノ木岳(はりのきだけ)と蓮華岳(れんげだけ)も、山頂部が雲に覆われて見ることができません。全般的に湿度が高かったように思います。やがて日が高くなったので、のんびりテントを撤収しました。

冷池山荘テント場からの眺望
名残惜しい景色。また来ることはできるだろうか

出発は7時をだいぶ過ぎていました。冷池山荘の先で鞍部まで下り、そこから先は爺ヶ岳までダラダラの登りです。日差しが強いのですが、山頂部はまだ雲に隠れていました。

やがて北峰に差しかかったころ、ときどき雲が切れて中峰と南峰が見えるようになってきました。遅めにスタートしたのが、逆によかったようです。

まずは中峰の山頂へ。

爺ヶ岳中峰
東側はガスで真っ白、しかし南峰は見えている

ここで、大ハプニング! なんと、南峰側の登山道から親子のクマが現われたのです。その距離、わずか十数m。

すぐにザックを肩にかけて、クマが追ってこないのを確認しながら北峰側の道を下りました。そして、クマが中峰の山頂部に留まっているのを確認し、巻き道を通って南峰へ。

南峰や周辺の登山道では、10人以上がクマ待ちで待機していました。やがてクマは、中峰から登山道に下りて南峰に向かって歩いてきました。ついさっき自分が通った道です。

爺ヶ岳 登山道を歩く親子のクマ
登山道を歩く親子のクマ。充分に離れた場所から望遠で撮影し、トリミングしています

これでは南峰から中峰へ行くことができません。今日の鹿島槍登頂をあきらめる人、冷池方面へ行くのを止めて引き返す人もいました。

クマ騒動もあって、種池山荘に着いたのは11時半ころ。ずいぶん時間がかかりました。

しかし、これがグッドタイミングでした。種池山荘の名物はピザ。行きは余裕がなくてスルーしましたが、帰りの今は下山メシならぬ下山中メシに最高です。

種池山荘の焼きたてのピザと冷たいコーラ
焼きたてのピザと冷たいコーラが最高。タバスコも出してくれる

1人で1枚は多いかと思ったのですが、生地が薄くてサクサク。丁度いい量でした。トッピングの玉ねぎがシャキシャキで、生の食材を使って注文を受けてから焼いたことがわかります。

この3日間に失ったカロリーをおいしいピザとコーラで補充して、灼熱の柏原新道を下りました。

猛暑の夏、天気予報は晴れマークひとつでも、山は雲が湧くことが多いもの。しかも今回、そのパターンが3日とも違いました。

次の写真は、柏原新道の途中(ケルンの近く)で撮った蓮華岳と針ノ木岳です。2日前は、8時には雲が湧いて稜線が隠れました。この日は、朝から昼過ぎまで雲に覆われていましたが、午後になると稜線が見えるようになりました。

針ノ木・蓮華の稜線。ズバリ岳と針ノ木雪渓、扇沢駅も見える
朝は雲に隠れていた針ノ木・蓮華の稜線。ズバリ岳と針ノ木雪渓、扇沢駅も見える

山へ行っても絶景に出会えるとは限りません。そこで今回は、滞在時間を長くして撮影チャンスを増やすためテントで連泊しました。すっきり快晴の時間は長くありませんでしたが、逆に雲のおかげでドラマチックな写真が撮れたりして山を満喫できました。

最後に、この山域では登り優先のマナーを守る人がとても多く、登りも下りも気持ちよく登山を楽しむことができました。すれ違った登山者の皆さん、ありがとうございました。

(山行日程=2025年7月29~31日)

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:2泊3日
コースタイム: 【1日目】6時間15分
【2日目】4時間40分
【3日目】5時間35分
行程:【1日目】
柏原新道登山口・・・ケルン・・・水平岬・・・種池山荘・・・爺ヶ岳南峰・・・赤岩尾根分岐(冷乗越)・・・冷池山荘
【2日目】
冷池山荘・・・布引岳・・・南峰・・・北峰分岐・・・南峰・・・布引岳・・・冷池山荘
【3日目】
冷池山荘・・・赤岩尾根分岐(冷乗越)・・・爺ヶ岳南峰・・・種池山荘・・・水平岬・・・ケルン・・・柏原新道登山口
総歩行距離:約21,500m
累積標高差:上り 約2,660m 下り 約2,660m
コース定数:64

※[8月19日追記]8月17日に冷池山荘から、子グマのテント場への出没による冷池テント場利用自重のお知らせがありました。計画の際は、最新情報をご確認ください。

https://www.kasimayari.jp/saisin.htm
下島 朗(読者レポーター)

下島 朗(読者レポーター)

“絶景ハンター”と称して、写真を撮りながら山を歩く中高年登山者。好きが高じて自己サイト『絶景360』を開設し、撮り溜めた絶景写真を公開している。

この記事に登場する山

富山県 長野県 / 飛騨山脈北部

鹿島槍ヶ岳 標高 2,889m

 この山は、後立山連峰の中央部に位置し、名実ともに後立山の盟主という存在である。  端麗と表現される南北2つの峰と、それを結ぶ吊尾根がつくるこの山の姿は、どこから眺めても美しい。この山に魅せられた岳人たちは、同時にこの山が内懐に秘める荒々しさのとりこにもなったのである。それは山麓からではうかがい知れない、北壁や荒沢奥壁などのバリエーション・ルートである。これらのルートの開拓は大正末期から昭和の初期に、学校山岳部を中心に華々しく行われ、それは日本におけるアルピニズムの歴史に、貴重な一頁を記しているのである。  鹿島槍ヶ岳への登路は、縦走路のほかには、東面・信州側から短くて急峻な赤岩尾根1本のみである(鹿島から所要9時間)。この尾根の途中の高千穂平は、鹿島槍ヶ岳のよき展望台ともなっているが、そこから眺める大冷(おおつべた)沢の源頭には、残雪期に獅子やツルの雪形が現れる。そこから昔は、山名をシシ岳とかツル岳、あるいは双耳峰からの連想で背比べ岳などとも呼ばれていた。現在の鹿島槍ヶ岳の山名は鹿島集落の背後にある槍ヶ岳といった意味である。山体は信州側は急崖、西面・越中側はなだらかな非対称山稜の典型である。  西面には、支稜の牛首尾根を挟んで東谷と棒小屋(ぼうごや)沢が、西面の水を集めて黒部川に注いでいる。この棒小屋沢と、剱岳東面を流下する剱沢とが、黒部峡谷に対して対向から合流する、有名な黒部の十字峡を形成している。  東面を落ちる白岳、大冷の各沢は、源頭部にバリエーション・ルートを提供している。その1つ、カクネ里はU字谷をなし、平家の落武者が隠れ住んだという(隠(かく)れ里(さと))伝説をもつ、ロマンを秘めた圏谷である。もちろんここに人が隠れ住むというのは不可能だが……。  南峰から主稜を南へ下ると、肩といった存在の布引岳(残雪が布を敷いたように見えるのでこの名がある)で、付近には船窪地形が散見される。その南の小平地には冷(つべた)池があり、冷池山荘が建っている。また吊尾根の雪田付近から北峰を巻いて北へ下ると、両側の谷からの浸食によって、主稜線に深いⅤ字形の切れ込みの入った八峰(はちみね)のキレットに出る。その北側にキレット小屋がある。  登山口の鹿島集落は昔から戸数11戸しかなく、集落の人々は平家の落武者の子孫といわれている。ここで民宿を営んでいる狩野氏宅には、近代登山以降の鹿島槍ヶ岳の登高記念帳が保存され、それがそのまま鹿島槍ヶ岳の登山史ともなっている。

プロフィール

山と溪谷オンライン読者レポーター

全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。

山と溪谷オンライン読者レポート

山と溪谷オンライン読者による、全国各地の登山レポートや、登山道具レビュー。

編集部おすすめ記事