信飛トレイルと焼岳を歩く
読者レポーターより登山レポをお届けします。真鍋晋さんは信飛(しんぴ)トレイルへ。セクション3と焼岳(やけだけ、2455m)、セクション4を歩いたそうです。
文・写真=真鍋 晋
信州や飛騨といった山間部の集落では古来より交易があり、北アルプスの山々をかいくぐるようにたくさんの街道が作られてきた。こうした古道を利用し、松本から高山までの全長117kmを6つのセクションでつなぐ道のりが、信飛トレイルである。今回はそのセクション3にあたる上高地から中尾(なかお)高原までと、翌日にセクション4を歩いてみた。
夜行バスは前日22時に東京を出発、上高地に着いたのは朝の5時だった。バスを降りると、澄んだひんやりとした空気が体に触れる。こんな快適な登山口はない、と来るたびに実感する。
大勢の登山者が河童橋のある北へと向かうなか、焼岳登山口のある南に進路をとる。梓川の急流を眺めながら、河原に沿って30分ほど歩くと、登山口入口を示す標識に出くわす。登山道に入ると道は急に細くなり、うっそうとした高い木々に囲まれる。
近年では、焼岳へと向かう登山者のほとんどが新中の湯登山口を起点にしている。上高地から焼岳をめざす人は少なく、この日は平日の朝ということもあり、独りぼっちで深い森のなかを歩む。道迷いが心配になるところだが、登山道は意外にも固くしっかりと踏み締められ、よく整備されている印象だ。
今日の目的地である飛騨中尾集落と、出発地の上高地の間には、古来より交易があり、人の往来は絶えなかったらしい。1598年には加賀藩の前田利家が、この道を経由して草津温泉に向かっている。また江戸時代晩期には播隆上人(ばんりゅうしょうにん)が槍ヶ岳(やりがたけ)を開山する際にここを通ったと記されている。そんな歴史に思いをはせながら静まり返った登山道を一人歩いていると、やがて道は徐々に勾配を増していく。登山口から分岐点のある焼岳山荘までの標高差は600mである。登山道には岩場もあり、鎖場やハシゴもある。危険な崖こそないものの、登山としても充分登りごたえがある。
2時間ほど歩くと、焼岳小屋に到着した。小屋ではジュースやお菓子類も販売していた。ザックをおろし、ベンチに腰掛け、軽食を食べながら、ここで一休みとする。
この先には分岐点があり、焼岳山頂をめざす道が分かれる。信飛トレイルのルートでは、焼岳には向かわず中尾高原をめざす。コースタイムによると、ここから焼岳山頂までの往復は2時間程度である。今回は寄り道をして、焼岳山頂をめざすことにする。分岐から15分ほど登ると中尾峠に到着する。ここは小高い丘になっていて、溶岩ドームの山容全体を眺めることができる。あいにくこの時間の山頂付近は霧に覆われ、雲の切れ間から頂の一部が垣間見えた。
2025年8月現在の焼岳は、火山活動が一時的に落ち着き、警戒レベル1まで引き下げられている。それでも地面から湯気が勢いよく噴出している場所があり、その周囲では硫黄の香りが立ち込めている。焼岳が今なお盛んに活動を行なう活火山であることが実感できる。山頂付近のやや急な岩場を登っていくと、20分ほどで焼岳北峰に到着した。幸い山頂付近の霧は消えつつあり、双耳峰の相棒である南峰までの稜線が見渡せた。また眼下にはエメラルドグリーンに染まるカルデラ湖・正賀(しょうが)池が姿を現わす。周囲の岩稜と相まって、シルバーリングに宝石を配したような、なんとも優雅な色彩である。
来た道を振り返ると、蛇行する梓川と上高地を見渡すことができる。本来ならその向こうに穂高連峰が見えるはずだが、あいにく今日は霧に隠れている。山頂で昼食をとりながら、1時間近く霧が晴れるのを待つが、結局穂高連峰は姿を現わさなかった。
この後の旅路も長いので、そろそろ下山することにした。岩場を下っていると、中尾峠に強い陽光が差しているのに気づく。その先を見渡せば、穂高連峰の霧が消退し、ようやく吊尾根から前穂高岳までが姿を現わした。振り返れば、さっきまで霧の中に霞んで見えた焼岳山頂もくっきりと見えた。
中尾峠を過ぎれば、道は再び樹林帯の中へと入っていく。通常の登山であれば、帰路は山頂という目的達成後のおまけのように感じられる。一方のロングトレイルでは、山頂はあくまで通過点の一つに過ぎず、その後に出会う一つ一つのシーンにも意味が感じられる。そんなことを考えながら、深いブナの森の中を、2時間近く高度を下げながら歩んでいくと、今夜の宿泊地である中尾高原に到着した。
中尾高原は山の谷あいに作られた集落で、点々と温泉宿が立ち並んでいる。道脇には源泉が湧き出ているところがあり、硫黄の香りが立ち込めている。この後は温泉宿でゆっくりと一泊した。
翌日早朝に出発し、信飛トレイルのセクション4に沿って、栃尾(とちお)温泉、福地(ふくじ)温泉まで歩いた。どこもひなびた温泉場で、奥飛騨らしい、ゆったりとした風情が感じられる。
昨今ロングトレイルは注目を浴びている。今回は新しく開通した信飛トレイルの一部を歩いてみた。登山とはまた少し違った楽しみ方を満喫できた。
(山行日程=2025年8月20~21日)
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真鍋 晋(読者レポーター)
普段は現役外科医、週末は登山・トレラン・ジョギング。じっと座っていることが、苦手な性分です。
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