第9回 クルマにひき逃げされたまま歩き続ける

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定年退職した翌日から連続登山をはじめ、一万日を目指した東浦奈良男さん。連続5696日(15年と約半年)を達成した翌日、下山後の帰り道でクルマに轢かれてしまう。

前回の「奈良男日記」:第8回 日帰り50km山行へ向けて、歩き方を自然から学ぶ

 

平成12年(2000年)5月31日の日記より

31日K24 5697日 /////~

あゝ車にやられる。大野橋近くユーストア前である。
イスに坐って食べるという、夫婦そろいもそろいなり車のつっこんでくるのをうっかりしていた。車はつっこむものと知った。一瞬にして暗転し、鼻から血が舗装を汚す。急いで起きたが、いややっと起きて手でハナ血を手ですくい口中へ口中へ。車をみれば一寸止まっていたようだが、信号青で田丸方面へ去った。車道の端を歩いていた己れがいけないのだが、なんのふりかえりなしに逃げ去る。いや、こちらの非を知っての上のアテだった如し。わざとあてたか、うっかりかはしらず。足の動きをみて、うごくので橋までいったのに、メガネ(がないの)に気づき引っかえすえらさよ。杖にすがってやっと7時オーバーして血を洗って室へ。なんとも哀れなる山男と一変す。ハナを歩道端のコンクリに打ち血が出るし左ふとももは張ってうごきにくい。畳でも二本杖で歩く。危し連続は一瞬にして消え去る運命であった。食後ヨコになって眠るとやゝましになるも、あすの山はどうなるか。起きてみねば分らん。宝物(の)足をえらい目に合わせて実にすまんことだ。

今日はいきでも、何やら年でもういてしまいそうなダラ歩きなりしも工事は思い切り木を切って広いコースとしたので、誰でも分るコースとはなり弘法石下山にも広くとって木を薙ぎ払っておく。クラ氏と会いのせてもらって共に上ったが、あんなゴツゴツにはわしやよういかんと仰言る。チエンソで切るも切らぬもないのである。そんな虫のよいことをいう己れがいけない。と思いしる。どうぞして足が強靭さを以って立ち直ることを祈るのみ。山の神さまおねがいします。
・このたびは文化放送に出演させて頂きましてありがとうございました。その上、図書券など色々とお送り下さいましてありがたく頂戴いたしました。心から厚くお礼申し上げます それにしましても文字通り朝一番の4時すぎのお電話には爽快さを感じました次㐧であります。毎日4時頃から活動を起こすので不自然さはなかったのでございます。山の●●で左耳がききとり難くご厄介をおかけしてすみませんでした。七十路半ばでいつまで山をやられるか分りませんが、初一念を貫徹すべく頑張らせて頂くつもりでございます。お礼までどうも。

 

冒頭に書かれた「K24」とは、「K」が伊勢市の西にある国束山(411m)の頭文字で、この山に24回目の登山という意味。奈良男さんは、生涯で1000回以上登った山だ。自宅から麓まで十数キロ離れているが、家から歩いて通った。

日記では中盤に書かれているが、この日は、途中で友人と会い、クルマに乗せてもらって一緒に登り始めたようだ。

しかし、奈良男さんは一般登山道を行かず、藪漕ぎをしながら登る。しかも、自分のため、あるいは後に続く人のために歩きやすいようにルートを整備する(奈良男さん、この作業を「工事」と呼んだ)。恐らく藪漕ぎに慣れていない、一緒に登った友人に「あんなゴツゴツにはわしやよういかん」と言われてしまう。

友人は、先に帰ったのか、あるいは友人の家までクルマに乗せてもらい、そこから歩き帰ったのかは分からないが、その帰り道、自宅までそう遠くない大野橋まで来たところで奈良男さんはクルマに轢き逃げされた。鼻血が出て、杖がなければ家の中でも歩けないほど左足を痛めたが、母親譲りの医者嫌いだった奈良男さんは病院へは決していかない。奈良男さんには兄姉が二人いたが、どちらも幼少期に亡くなっている。風邪が原因だったようだが、医者には診せたにも関わらず、助からなかったことが医者嫌いになった原因のひとつのようだ。

とにかく、怪我や病気で病院へ行き、入院でもさせられたら連続登山が途絶えてしまう。奈良男さんにとって、それだけは避けなければならないことだった。

奈良男さんは翌日から自転車に乗って、片足漕ぎで登山口まで行き、痛みのある左足を引きずりながら右足だけで登り続けた。1ヶ月経っても痛みは治らなかったが、それでもこの年の夏、一度富士山にも登って自然治癒してしまっている。

奈良男さんは平成21年(2009年)の夏にも轢き逃げされたが、その時も医者には行かずに山へ登り続けた。

日記の最後に書かれているのは、電話で出演したラジオ番組の関係者へ宛てた手紙の下書きのようだ。

30冊目の日記の扉に貼られた写真と言葉。表紙には「毎日が自分自身の新記録」と書かれている

 

イベント情報

2月11日まで展示していた「ナノグラフィカ」での展示風景

山行や日常の姿を撮影した写真の他、42冊ある日記から撮影・抜粋したページをモザイク状に並べた「日記曼荼羅」、連続登山を開始した日の日記(9冊め)と最後の日記(42冊め)の完全レプリカも展示

吉田智彦写真展
『淋しさのかたまり 〜1万日連続登山に懸けた父親の肖像〜』

1万日連続登山記録達成寸前に他界した東浦奈良男の最後の5年を追った写真と半世紀もの間綴られた日記から浮かび上がる、勝手と優しさに満ちた一人の父親の姿

日程 2019年2月16日(土)~3月4日(月)
会場 コトバヤ(長野県上田市中央4-8-5)
営業時間 月・火 12:00〜20:00、土 10:00〜20:00、日 10:00〜18:00
定休日 臨時休業・営業あり(お店に要確認)
お問い合わせ kotobaya.net@gmail.com
※吉田氏によるギャラリートークを開催
日時 2019年3月3日(日) 15:00〜17:00
参加費 1,500円(ワンドリンク付き)

『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』
著者 吉田 智彦
発売日 2013.06.14発売
基準価格 本体1,200円+税

amazonで購入 楽天で購入

 

プロフィール

吉田 智彦(よしだ ともひこ)

人物や旅、自然、伝統文化などを中心に執筆、撮影を行う。自然と人の関係性や旅の根源を求め、北米北極圏をカヤックで巡り、スペインやチベット、日本各地の信仰の道を歩く。埼玉県北部に伝わる小鹿野歌舞伎の撮影に10年以上通う。2012年からは保養キャンプに福島から参加した母子のポートレートを撮影し、2018年から『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で写真展を開催。福島の母子の思いと現地の実状を伝えている。
Webサイト: tomohikoyoshida.net
ブログ:https://note.mu/soul_writer

奈良男日記 〜一万日連続登山に挑んだ男の山と人生の記録〜

定年退職した翌日から、一日も欠かさず山へ登り続けて一万日を目指した、東浦奈良男さん。達成目前の連続9738日で倒れ、2011年12月に死去した奈良男さんの51年にも及ぶ日記から、その生き様を紐解いていく。

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