第8回 日帰り50km山行へ向けて、歩き方を自然から学ぶ

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一万日連続登山を目指し、達成寸前で他界した東浦奈良男さん。昭和59(1984)年に印刷会社の仕事を定年退職し、翌日から連続登山を始めた。今回は、連続登山2000日を達成し、身も心も鍛え抜かれた平成3(1991)年の山行を紹介する

前回の「奈良男日記」第7回 退職。そして、連続登山第1日目

平成3年(1991年)4月10日の日記より

4月10日2358日 鼓岳8 〜////〜
コースを更にとおりやすくした。シダを叩きつぶして水流をかえたり、いろいろして11時半△(山頂)下山(する時)も手入れしつつ。下った笹の上でへふり一発してからねこんでしまい、さめたら1時27分。ここはどこやったという熟睡であった。X足で4時前にかえる。明るい空になった4時。あしたどうか。50K(m/以下同じ)を歩きつづける勇を鼓するのに歌がなかなかよろしい。きのうの(国道)23号の8時すぎてのあの歌この歌とどなったが、腹のンドウ(「運動」か)にもなった。50K馴れするのに、当分かかりそうや。50Kは50Kだけのことはありますわい。尾川邦彦刀カジ(刀匠、尾形兼圀のこと)、わざは見ておぼえるもの、口で教えないもの。50余Kとの勝負中。試合中。50余Kをのむか。50Kにくわれるか、くうか。吸われてはならん。◎試練の54K、これができたらホンモノや。強敵の54K……50Kに負けじ左右の足わざで、しかし、50Kをつづけてゆく以上、50Kをらくに理にかなった自然に歩きとおせる足使いをせねばならん。永遠無窮に歩きつづけるには永窮なるもののマネをすればよい。それは天地自然の運行や。夜昼、太陽、月、風、雲、大空は不滅、永久に運行している。かくの如く歩けばよいはずや。それは?―|//+X 陰陽合致、陰のみでは、陽のみではだめや。左右、上下、出引 呼吸出た右足へ左足がゆく、又は出た。いや引いた右足へ左足が出るか。引支点か出支点か。右が左に引くか右が左に出るか。尺取虫は伸縮を直線しているが、上下伸縮、接地した先へ後がついてゆく。接した所へゆく。縮む。接した後を支点にして先へ伸びる。接した先を支点にして後が縮む。接したところへ伸縮してる。出た右へ左がゆくということや。虫や鳥やケモノの歩き方に学ばねばならん。

犬は猫は、ムカデは、魚は、呼吸、吸った所をはく、はいた所をすう。吸った所を支点とはどや。はく支点、すい支点、スーフースとフ ハーでなくフーや。サシスのス、ハヒフのフや。スースーいけるとはスースーすいまくれば、スースー上れるし、フーフーはいてれば上れん。フーフーいってれば不可。スースーがスースーいける。スとフのいやスが登山の支点や。スは大気と結びつくもの、こと。大気力を身につけること。登山も歩行もスに始まってスに終るか。とにかくあるく名人あるく一流の名人にならんと50Kはつづかんぞ。50Kを頭上にしていてはダメ。50Kを足下にせよ。スースー50Kでいこう。50Kをスいまくれ。山もスいまくれ。あるいてる中に身につく50Kや。A山(朝熊ヶ岳)の如く帰って来ても、すぐ又いける足になるまで、がんばりたい。一歩がすべてを決する。一歩をいかに出し、いかに引くかが成功、不成功の分かれみちや。一歩一歩にすべてがある。一歩に人生が、一歩に運命がかかっているのだ。一歩考究、一歩の練習、一歩の修行、一歩の訓練、一歩一吸、一歩運命、一吸成功、歩くことに人生と運命がある。歩くことにおもしろさ、六かしさ、よろこび、人生の意味を発見していこう。人生の意味思いつつ歩く春、一歩供養も忘れるな。歩く人生、人生は歩くこととみつけたり。歩くことこそ、仏教の解脱悟道のみち、神を発見するみちや。車にのっていては、到底、全然、味わえないこの歩く㐂(喜)び。歩くたのしさを存分に味わえる幸せを、現代人は忘れ去っている。足のない時代、足を捨てた現代や。つまり幽霊人である。車にのれば幽霊になるのや。車イスと同じ、走る車イスである。

足をなくした自らすてた現代人よ、いつの日か、歩く足を歩くことに戻る。帰る日がくるや否や。このままでは、車なくしては、一歩も歩けぬ、どこへもいけぬことになるかな。足を車にせよ。


日付の後の「2358日」は、連続登山日数。「鼓岳8」とは、伊勢神宮の南にある「鼓ヶ岳」(348m)に登って8回めということ。奈良男さんは、この山に生涯2000回以上登っている。「〜////〜」は天気を表す独自の記号で「曇り→雨→曇り」を意味している。

「コースを更に通りやすくした」というのは、登山道整備のこと。奈良男さんは、自分が通う山の登山道を自分流に整備していた。邪魔な石や倒木はどかし、段差の大きな階段には、逆に石などを積んで歩幅に合わせた。急斜面には土を階段状に削ることもあって、山が私有地だったりすると所有者から苦情を受け、直したこともあった。逆に、奈良男さんが藪漕ぎして作った道が、地元の人も「これは便利」と使うようになり、「東浦道」と呼ばれている箇所もあると、だいぶ後になってから奈良男さんのお孫さんから聞いたこともある。

文中に出てくる「50K(54K)」とはこの日に登った鼓ヶ岳のことではなく、伊勢三山(伊勢湾を航海する船が目印にした山)のひとつで松坂市にある堀坂山(757m)を指す。奈良男さんは、この日の13日前の3月29日に、自宅から往復50km以上ある堀坂山までを初めて自宅から歩いた。朝6時過ぎに歩き出し、帰宅したのは夜の9時。家にたどり着くと「帰りが遅い」と心配した娘さんたちがあちこち探し回る騒ぎになっていた。日記では、自分を「つゆしらぬ、のんきな山男」と自嘲しながらも、堀坂山へ通い、所用時間を縮める決意をし、そのトレーニングとして鼓ヶ岳へ通ったようだ。

この頃、奈良男さんは、「エネルギーは自分の中にあるのではなく、外にあるもの」と捉え、「外にあるエネルギーをどう自分の体に吸い込めるか」が疲れ知らずに歩き続けられる方法のカギと考えていた。この日の日記に出てくる「スースー」も同じことを示している。

そして、平成5(1993)年1月11日に堀坂山へ登り、連続登山3000日を達成している。

その日の日記にはこう記されていた。

「60Kを歩き去り歩き来たって疲れは微塵もなし。余裕綽々たり。よう歩いてくれる足を授けてくれた両親の思いを忘れる勿れ」

この時、奈良男さん67歳。

この日のページに挟まれていた四葉のクローバー

日記の最後のページに書かれた奈良男さんの言葉。登山日記は14冊め

 

イベント情報

ナノグラフィカでの展示風景

山行や日常の姿を撮影した写真の他、42冊ある日記から撮影・抜粋したページをモザイク状に並べた「日記曼荼羅」、連続登山を開始した日の日記(9冊め)と最後の日記(42冊め)の完全レプリカも展示

吉田智彦写真展
『淋しさのかたまり 〜1万日連続登山に懸けた父親の肖像〜』

1万日連続登山記録達成寸前に他界した東浦奈良男の最後の5年を追った写真と半世紀もの間綴られた日記から浮かび上がる、勝手と優しさに満ちた一人の父親の姿

日程 2019年2月2日(土)~2月11日(月・祝)
会場 ナノグラフィカ(長野県長野市西之門町930-1)
営業時間 11:00〜17:00
定休日 不定休(お店に要確認)
お問い合わせ TEL 026-232-1532
※吉田氏によるギャラリートークを開催
日時 2019年2月10日(日) 18:00〜20:00
参加費 2,500円(食事・ドリンク付き)
日時 2019年2月11日(月・祝) 15:00〜17:00
参加費 1,500円(軽食・ドリンク付き)
(※前日までに要予約)

日程 2019年2月16日(土)~3月4日(月)
会場 コトバヤ(長野県上田市中央4-8-5)
営業時間 月・火 12:00〜20:00、土 10:00〜20:00、日 10:00〜18:00
定休日 臨時休業・営業あり(お店に要確認)
お問い合わせ kotobaya.net@gmail.com
※吉田氏によるギャラリートークを開催
日時 2019年3月3日(日) 15:00〜17:00
参加費 1,500円(ワンドリンク付き)

『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』
著者 吉田 智彦
発売日 2013.06.14発売
基準価格 本体1,200円+税

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奈良男日記 〜一万日連続登山に挑んだ男の山と人生の記録〜

定年退職した翌日から、一日も欠かさず山へ登り続けて一万日を目指した、東浦奈良男さん。達成目前の連続9738日で倒れ、2011年12月に死去した奈良男さんの51年にも及ぶ日記から、その生き様を紐解いていく。

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