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最終回 鬼が笑う2万日

奈良男日記 〜一万日連続登山に挑んだ男の山と人生の記録〜
ガイド・記録 2019年04月22日

定年退職した翌日から一万日連続登山を目指した東浦奈良男さん。これまでの連載で、奈良男さんがどのように山と向き合ってきたかを見てきた。最終回は、奈良男さんが山に登り続ける理由の、最後のひとつを紐解く。

 

前回の「奈良男日記」:第12回 一万山達成の日

 

平成21(2009)年7月17日の日記より

17日 9080日 レンズイ山 1220 ○

写真なしで日赤へ。みせにゆかずである。8月号は。9月号を待つがよい。8月12日発売である。遂に来るべき時が到来する。粒々辛苦の幾年月を経てである。8000日号を見て下さった読者にも更なる好感を差し上げられるだろう。そして、万日号で完結篇となる。万からは新しい第一歩である。第2回目の万を目ざすこととなるが、寿命の神さまに任せる他はない。とてもできないが、2万は不可能だろう。頂けるだけの寿命次㐧である。

ひょっとして100才越えられたら2万日も登らせて貰えるかも知れん。寿命次㐧である。2万日を目標とするのも又面白いだろう。が、鬼が大笑いする話しである。

●新目標 鬼笑うとも2万日

まだ、1万日に達せずでも次の目標が出てくるとは全くありがたい。1万日は既に呑んでいるつもりである。呑ませてもらっているのだ。しかし、万日達成の日に2万日を言ったら鬼どころか、皆んなが大笑いしてくれるだろう。こりゃおもしろい。万日達成の時に新目標戴けるか、おたのしみではある。100才は越えられる? 今のところ越せそうな感じだが、先きのことは先きに任せる他はない。ご先祖の為にも頑張らせてもらおう。あの世での再会をたのしみにして。大きな土産話しを持てるようにさあ今日も山へである。と、18日になった。二時に起きて綴る。

●風もなく 日もなく無人 蚊は止まる●

 

冒頭の「9080日」は、連続登山日数のことだが、「9030日」の誤り。

レンズイ山は、伊勢神宮外宮の背後にある蓮随山(108m)のことで、白石山(114m)、三郷山(142m)と連なって、伊勢市街地を見渡しながら歩き、宮川の土手に降りることができる。奈良男さんは、このコースを好んで、よく歩いた。その際、登山口へ向かう途中に、妻のかづさんが入っている介護施設があり、必ず立ち寄った。冒頭にある「日赤」は、その介護施設が日本赤十字社の病院に隣接していたため、そう呼んでいた。

『山と溪谷』2019年9月号に掲載された奈良男さんの特集

「8月号」「9月号」とあるのは『山と溪谷』2009年8月号、9月号のこと。この日記の1ヵ月前、奈良男さんは松阪市にある白猪山(819m)に登って連続登山日数9000日を達成していた。その時、ぼくも同行取材していたため、9000日達成を知らせる記事をまだかまだかと待っているのだ。

奈良男さんは、1000日単位で記録が更新する度に、そのことをはばかることなく周囲の人に伝えた。と言っても、やたらめったら言いふらすのではなく、新聞社やヤマケイのようなマスコミ、親しい友人へだったが。中には、そうした行為を、「売名行為だ」「美しくない」と疎ましく思う人もいるかもしれない。だが、奈良男さんが山へ登り続けた理由を見れば頷ける。これまで紹介してきた日記でも分かるように、「ええ人と一緒になったと思ってもらいたい。1万日という記録を妻へプレゼントしたい」という思いは、世間に認められてこそのことだ。

この連載のヘッダーになっている写真は9000日達成の日に撮影したものだが、奈良男さんは1万日へ向かって気を引き締めるために散髪していた。ぼくには、それまでの伸ばしっぱなしの髪の毛の方が彼らしく思えたが、普段、そういうことに気を使わない人だっただけに、切ったことに、並々ならぬ決意を感じだ。

そして、この日の日記に書いている「ご先祖の為にも頑張らせてもらおう」と記していることが、奈良男さんが最初に教えてくれた山へ登り続ける理由だった。

奈良男さんは、歩き続けることができる体をくれた両親に、いつも深く感謝していた。これまでに紹介した「妻への記録のプレゼント」も「償い」も、この「冥土の土産」も、初めてそう教えてもらった、当時30代だったぼくにはピンとこなかった。

だが、あれから13年経った今は、あの時よりも死を身近に感じるようになり、日常に何気なくあるひとつひとつの物事にも掛け替えのない大切なものが溢れていると感じられるようになった。そして、奈良男さんの日記を読むにつれ、教えてくれたひとつひとつの理由に嘘はないと確信が持てるようになった。

奈良男さんは、この日記から3年後、体が衰弱して動けなくなり、記録は1万日達成の寸前で途絶えた。そして、約半年後に他界する。辛うじて文章が書けた最終盤の日記は、連載第1回で紹介している。

この連載開始当初は、なるべく日記の言葉だけで構成したいと思っていたが、奈良男さんにとって登山とは何だったのかをこの回数で伝え切るのは到底無理だった。そのため、最小限に留めようと思っていた解説が、こんなに長くなってしまったのは申し訳ないことだ。

手前味噌だが、奈良男さんの言葉は、亡くなった翌年に上梓した『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』(小社刊)に数多く収めた。紙の本は今年の初めに絶版になってしまったが、興味がある人は、Kindleで読むことができるのでどうぞ。

奈良男さんがあの世へ行った後、彼の故郷である三重県の県庁所在地、津で写真展をしたことがある。その際、見にきてくださったみなさんの前で喋らせてもらう機会をいただいたが、半数近くの人が、奈良男さんの写真を見て「このおじいちゃん、見たことある!」「一時期、ウチの前を毎日歩いてた!」と言って驚いていた。

神出鬼没。

それが、東浦奈良男だ。
いまだに、アリを踏まないように下を向きながら、伊勢の山々を黙々と歩いているような気がしてならない。

注:日記の引用部は誤字脱字も含めて採録しますが、句読点を補い、意味の通じにくい部分は( )で最低限の説明を加えています。

この日記が書かれた41冊目の表紙

 

日記から、見た目の険しさとはかけ離れたユーモアが溢れる

 

日記に書かれた日とは別の日、蓮随山を登った後、宮川土手を歩く奈良男さん

 

『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』
著者 吉田 智彦
発売日 2013.06.14発売
基準価格 本体1,200円+税

amazonで購入 楽天で購入

記録・ルポ
教えてくれた人

吉田 智彦(よしだ ともひこ)

人物や旅、自然、伝統文化などを中心に執筆、撮影を行う。自然と人の関係性や旅の根源を求め、北米北極圏をカヤックで巡り、スペインやチベット、日本各地の信仰の道を歩く。埼玉県北部に伝わる小鹿野歌舞伎の撮影に10年以上通う。2012年からは保養キャンプに福島から参加した母子のポートレートを撮影し、2018年から『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で写真展を開催。福島の母子の思いと現地の実状を伝えている。
Webサイト: tomohikoyoshida.net
ブログ:https://note.mu/soul_writer

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