雲や雪煙の動きで上空の風の強さを知る――、観天望気で山頂や稜線の風の強さを見積もる方法

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今回のテーマは観天望気。麓にいながら山頂や稜線の風の様子がわかれば、当日の行動計画を綿密に計算できるもの。本記事から、指と簡単な計算式で風の強さを見積もる方法を身につけて、山での強風のリスクに備えてほしい。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。今回は、自然現象などから天気を予想する「観天望気」について説明したいと思います。

観天望気は現地で天気を知るための非常に有効な手段となります。例えば、昔からある「夕焼けは晴れ」という観天望気の諺(ことわざ)は、実は大変理にかなったものなのです。

日本などの中緯度帯では、上空には偏西風と呼ばれる強い西風が吹いています。低気圧や高気圧は偏西風の流れに乗って移動するため、天気は西から東へと変わっていきます。夕焼けが見えるということは、西の方は晴れていることなので、晴れているエリア(高気圧に覆われたエリア)が明日はこちらに移動してくるため、晴れが期待できるということです。

ただし、この諺は春や秋の周期的な天気の変化の時には当たることが多いのですが、梅雨時のように梅雨前線が南北に移動する時には当てはまりませんので注意が必要です。

今回は観天望気の中でも、『雲や雪煙の動きで上空の風の強さを知る』ということをテーマに取り上げたいと思います。これまでのコラムでも注意喚起しましたように、山での強風は滑落事故や低体温症など遭難事故に直結する大変重要な気象要素です。

 

9月19日の安達太良山で「雲の動く速さで風を読む」を実践


9月19日(木)に、有給休暇を取得して東北の百名山の一つ、安達太良山(1700m)に登ってきました。上の写真は、奥岳登山口から入山して、途中の勢至平(標高約1200m)付近からスマートフォンで撮影したものです。

次に、以下の動画を見ていただくと分かるように、強い西風(正確には西北西の風)によって、非常に速い速度で雲が西から東に向かっています。

安達太良山上空の雲の動きを標高1200m付近から確認する


この雲は高さや形状から、低い所にできる層雲と判断できます。ちょうど安達太良山の稜線付近の高度までこの層雲に覆われていたので、この雲の流れは安達太良山の稜線付近の風の流れを可視化していると考えられます。これだけでも稜線で強風が吹いていることが分かりますが、実際にはどの程度の風が吹いているのでしょうか。そこで、観天望気で風速を見積もってみましょう。

 

腕を伸ばして、立てた人差し指で角度を見積もって、雲の移動速度を計算する

まずは雲が1秒間に全天180度の中の、どのぐらいの角度を動くのかを見積もります。この角度は、下写真のように、腕を伸ばして人差し指を立てて計測します。人差し指の横幅が約1度の視野角(目から見える角度)となります。

人差し指の幅を利用して、角度を見積もる。指1本ぶんで約1度となる


続いて視野角から雲の移動距離を計算します。以下、慣れるまではとっつきにくい計算式になりますが――、視野角の単位を「度」から「ラジアン(rad)」に直して、雲までの距離を掛ける(乗算する)と風速になります。今回の安達太良山の場合は、1秒間で人差し指2本分を移動していましたので角度は2度、すると計算式は

2度×(π÷180度)≒2度×(3÷200)=0.03rad

雲までの距離は、ほぼ真上の雲を見ており、稜線1700mと同じ高度なので、1700m-1200m(現在地の標高)=500mを掛けることになるので、

500m×0.03rad/s=15m/s

すると、安達太良山の稜線はかなりの強風(15m/s)が吹いていることが稜線に登る前に予想できます。

なお、角度の単位を「度」から「ラジアン」に変換するにあたっては、暗算で計算しやすいように「π(円周率)→3」、「180度→200度」としているのがミソです。慣れてくると、歩きながらでも計算できると思います。下記に今回の計算をまとめましたので、参考にしてみてください。

 

前日の気象予想、当日の風の観天望気と実際の気象状況の検証

実は前日に宿泊した麓の岳温泉のホテルでは、パソコンを使って気象データをダウンロードして当日の安達太良山の気象状況の予想をしていました。その予想と、当日の風の観天望気と実際の気象状況を検証したいと思います。

下の表は、前日の気象予想、観天望気の風予想、当日の実際の気象状況をまとめたものです。若干のズレはあるものの、概ね正確な予想ができていると思います。特に稜線の強風は、寒冷前線が通過した後の北日本中心の冬型気圧配置が予想できたこともあって、ほぼ予想通りだったと思います。


風に関しては、観天望気の風予想で裏付けできて、更に実際の稜線の状況で検証できています。安達太良山のすぐ北にある鉄山(1709m)まで足を伸ばす予定でしたが、この強風、両側が落ちているザレ場、単独行のリスクを考慮して鉄山は断念して、当初の目的である安達太良山だけにしました。ロープウェイは登下山ともに使わないつもりでしたので、時間的な余裕も加味しての決定です。

さらに安達太良山付近では、これも前日の予想通りの大雪山系の初冠雪の情報をキャッチしたので、「Twitter(大矢康裕@山岳防災気象予報士)」でリアルタイムに情報提供をしています。

 

今回は風や天気が地形の影響を強く受ける良い実例だった

予想に反して安達太良山の稜線では雲がなかなか取れず、すっきりと晴れませんでした。一方で、安達太良山の東側では晴天、麓の二本松方面が晴れていることは山頂の写真からもわかると思います。

9月19日、安達太良山山頂にて。東麓の二本松市は晴れているのが確認できる


安達太良山の稜線付近を覆った雲は、実は冬型気圧配置で日本海側から流れてきたものです。下山する時にたまたま一緒になった地元の年配の方の話では、安達太良山の稜線は日本海からの風の通り道になっているため、強風が吹くことが多いそうです。

確かに国土地理院の地形図を見ると、越後山地の鞍部から、松原湖を抜けて安達太良山の稜線への西北西の風が抜けるルートができています。冬型気圧配置になって西北西の風が吹くと、安達太良山の稜線は強風が吹き、日本海からの湿った空気が流れてきて天気も良くないことが納得できます。山岳気象は地形の影響を考慮しないといけないということを改めて感じた今回の山行でした。

安達太良山へは、日本海からの西北西の風の通り道があることが地形図から確認できる(出典:国土地理院

 

雪山の雪煙、火山の噴煙でも同じ手法で風を確認できる

同じ手法は、雲の流れだけでなく雪山の雪煙や火山の噴煙でも可能で、雪煙や噴煙が出ている位置の風速を山麓から予想できます。

例えば、雪煙が舞っている光景は、強風が吹く冬山の風物詩です。風が強いことは一目瞭然ですが、実際にどのぐらいの強風になっているかを把握することは重要です。

下の写真は筆者が2005年12月29日に単独で王滝ルートから御嶽山にアタックした時に、五合目にある田ノ原(2200m)付近から王滝頂上(2936m)を舞う雪煙を撮影したものです。この時は雪煙が2秒で人差し指1本分動きましたので、ざっと計算すると王滝頂上付近では約20m/sの強風と予想しました。

西風でしたので、王滝頂上までは稜線に遮られて風は弱かったのですが、王滝頂上に着いた途端、真っすぐ歩けないほどの烈風に襲われました。剣ヶ峰を目指して八丁ダルミに進もうとするも、危険なので王滝頂上までで撤退しています。

多少は風が凌げる王滝頂上神社で撮った写真では、凍傷になりそうな低温と強風で筆者の顔は引きつっています。しかし、これでも五合目で強風が見積もれたからこそ、余裕を持って撤退できたと思います。

この手法は、やろうと思えばヒマラヤの雪煙でもできますので、皆様もぜひ、ご活用ください。

雪煙が舞う冬の御嶽山。その日の王滝頂上付近では約20m/sの強風で顔もひきつる筆者

 

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ところで、筆者は山岳気象において欠かすことができない重要なファクターである風の解析手法の研究をするため、知り合いの先生を頼って、10月1日から岐阜大学大学院工学研究科に研究生として入学することになりました。

まさに50代後半のオヤジの手習いで、本業のサラリーマン生活の隙間での研究ですので、どれだけできるか分かりませんが、少しでも遭難防止のために役立てればと願っております。

 

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プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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