雪国の春|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第3回は、里に訪れた春のこと。

文・写真=星野秀樹

 

 

ほんとに不思議なこと、と思う。

あんなにあった雪が、どんどん消えていく。その日々の変化たるや、すごい。

ちょっと前までは、毎日毎日どんどん増えていた雪。だから早起きして、眠いのも寒いのも我慢して除雪して。面倒くさくて、厄介で、まあとにかく邪魔者だった、あの雪が。最近では、こっちが何もせずとも勝手にどんどん消えて行く。寂しいほどに無愛想に。いったい雪ってヤツは、どこから来て、どこに行ってしまうのだろう。ほんとに不思議なこと。ああ、でも、つまり、春が来たんだな、って思う。

この村にも春がきた。辺り一面を覆っていた雪が日に日に姿を消して、それと入れ替わるようにどんどん地面が顔を出していく。そんな様を眺めると、つくづく春の到来を感じてしまう。久しぶりに握った土は、すぐに解けて消えてしまう雪とは違って、ザラついて湿った感触と、しっかりとした重みをいつまでも消えることなく感じさせるのだった。

水や土、名残の雪、わずかに顔を出し始めた草とか木とか、何かそんな色んな物が混ざった匂い。

桜の梢で鳴くホオジロの声。かすかな、寝言のようなカエルの声。水路の、多量の雪解け水が騒ぐ音。屋根のトタンを叩く雨の音。

お隣から頂いた野沢菜のとうたち菜や、畑の脇で摘んだフキノトウの、ほのかな辛みや苦み。

残雪を渡る風と、土を這う風が混ざって、冷たくて、湿ったぬるい風が吹いている。

この時期面白いのは、この土地でも標高による季節の違いを感じられるところだ。菜の花が咲く千曲川べりから僕の村まで標高差200mくらいだが、車道を登っていくと、まず出会うのがカタクリの群落だ。フクジュソウやキクザキイチゲも咲いている。冬の、モノトーンの土地で過ごした目には、自然の中の彩りが新鮮に写る。さらにもう少し上がると、雪解けが進んだヤブ野原にコゴミの集団が広がっている。ツクシや、花が開き切ってしまったフキノトウも混ざって、ヤブ野原を占領している。でもこの先からはだんだん雪が増えて来て、村に着くころには随分と季節を後戻りさせられた気がしてしまう。それでもそこかしこにはフキノトウが顔を出し、確実な季節の変化を伝えている。そう、フキノトウは、ここで見られる最初の新緑なのだ。村の背後に連なる関田の山並みはまだたっぷりと残雪に覆われて、本格的な春の到来にはまだ間がありそうだ。

そんなふうに雪国にやってくる春の気配を見つめてみると、なんといろんなものが複雑に絡み合っているのだろうと思う。雪も土も、匂いも音も風も、とにかく様々な物が混ぜ合わさって、日々入れ替わり変化している。時には季節外れの雪なぞ降って、一気に季節が後戻りなんてこともある。そんな複雑な季節のせめぎ合いを、きっと「春」と呼ぶのだろう。以前神奈川で暮らしていたころには感じなかった「春」の姿。それを、この雪国という土地に来て、僕は感じられるようになった気がする。なにしろここでは、残雪と新緑、そしてなんと桜までが同居する「春」に出会えるのだから。

 

●次回は5月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

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