イラスト多用でわかりやすい登山の教科書『アルパインクライミング教本』

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評者=阪辻秀生(山と溪谷編集部副編集長)

アルパインクライミング教本

著者:笹倉孝昭
発行:山と溪谷社
価格:2000円+税

日帰りの低山歩きから始め、徐々に難度を上げ、テント泊や雪山に挑戦しながら登山の幅を広げている読者はたくさんいると思う。私自身も同じように、独学で経験を積み、さらにもう一歩踏み出したいと思い模索を続けている登山者なのでよくわかるが、登山技術を学ぶのは本当に難しい。よい師は少なく、良書も少ない。特に、最新の装備による新しい技術をまとめたアルパインクライミングの入門書は存在しなかった。

アルパインクライミング初級者が座右の書としているであろう、『登山技術全書⑥アルパインクライミング』(山と溪谷社刊)は刊行から10年たって古さが目につき始めていたし、笹倉ガイド自身が執筆した『高みへ 大人の山岳部』(東京新聞出版局刊)は文章中心の構成で、痒いところに微妙に手が届いていない内容だった(すいません)。国内にいるアルパインクライミング初心者は決して多くはないが、同じ悩みをもつ人たちは絶対いるはず。本書の基になっている『山と溪谷』の登山技術連載「めざせ!ネクストステージ」は、そんな登山者の期待に応えたいと思い、始めた。本書はその連載に増補し一冊にまとめたものだ。

笹倉ガイドが目標にしたのは、わかりやすいイラストを多用し技術を解説する「教科書」だ。ロープワーク、アンカー構築、プロテクションの設置、サイマルクライミング・ピッチクライミングの切り替え、セルフレスキュー、積雪期のアンカー構築など、アルパインエリアでの行動を支える知識と技術を網羅している。

想定する読者は、登山をある程度経験した中級者。登山に関わる全般的な知識と経験を備えた人が、自分の力で(リーダーとして)厳冬期の阿弥陀岳北稜に登れるようになるために必要な知識、技術を盛り込んだ。阿弥陀岳北稜は、八ヶ岳のバリエーションルートのなかでは入門に位置づけられるが、樹林帯のラッセルから雪稜、岩と雪のミックス帯と傾斜や状況に変化があり、登山の総合力が試されるルートだ。状況が変わるたびに判断を求められる、そんな登山を自分の力でやってみたいと思う読者をイメージして、この本は作られた。

もう一つは、「読図」「セルフレスキュー」「ロープワーク」など、それぞれを個別のスキルとして切り出して紹介するのではなく、あくまでもアルパインクライミングを構成する要素の一つであることを意識した。アルパインクライミングとは、ある状況を切り抜けるために必要な技術を現場で選択できるようにすることが大事で、例えば「クライミング時のトラブル対応」の章でも冒頭で、「(セルフレスキューは一見複雑そうだが)基本的なクライミング技術を組み合わせたもので、レスキュー技術という特別なものがあるわけではない」と述べている。

さらに、技術を学ぶことと現場で実践することがステップアップに必要な両輪であるから、技術の実践の場として、国内15のルートも紹介している。本書で学んだことを実践するのにもってこいの、かつアルパインクライミング初級者の目標になるようなルートを選んだ。トポや解説文だけでなくルートの歴史なども書いてもらったのは、今登られているルートの背景を学ぶこともアルパインクライミングの一環であると考えたからだ。

連載を単行本化するにあたりすべてを読み直したが、あらためて「おもしろい!」と思った。これだけ膨大な技術を掲載しておきながら、「技術を使いこなすには、何より体力が大事」という結論なのが、いい。本書は、クライマーである前に山ヤでありたい、そんな思いをもつ登山者の向上心をしっかり満たしてくれるはずだ。

評者=阪辻秀生

1976年生まれ。山と溪谷編集部副編集長。『山と溪谷』の登山技術連載「めざせ!ネクストステージ」(2017年5月号~19年5月号・全24回)の編集を担当。日本エキスパートクライマーズクラブ所属。​​​

山と溪谷2020年5月号より転載。転載にあたり一部表記を修正しました。)

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