カラスは意外と気が弱い? 動物行動学者・松原始先生 著者インタビュー【前編】

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発売後、増刷を重ねている話題の科学エッセイ『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』。その著者であり、動物行動学者の松原始先生へインタビュー! カラスの研究や、ユーモア溢れる文章の背景、山を楽しむヒントもお伺いしました。今回は前編です。

 

インタビューは松原先生の職場でもある東京大学総合研究博物館インターメディアテク内で行われた(空間・展示デザイン © UMUT works)

 

松原 始(まつばら・はじめ)
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

 

カラスは残念なところが面白い

――――まず、先生が研究されている動物行動学とはどういったものなのでしょう?

うーん、動物行動学は説明しづらいんです。動物がなにかをすると全て動物行動学になってしまうんですよ。
例え何もしなくても、「何もしていない」という行動をしているということになります。

この動物は何故こんなことをするのか…何故、というなかにもいろいろな問いがあるんですけど。どんなメカニズムでこんな行動をするのか、この行動をして何が嬉しいのか…。発生学的な問いと、進化学的な問いもあります。この行動は生まれたときからできたのか、先祖もできたのか、コイツだけができるのか、ということです。それだけ幅を広げるとなんでもありなんですよ。

――――なんでもあり、ですか…。

基本的には個体もしくは群れの行動を観察します。ある個体が行動するときに、その動物が何をしているかということを探っていきます。生態学よりは狭く、生理学よりはもうちょっと大きい視点の学問ですね。

――――その中でも、カラスの研究をされているんですよね? どんな研究なんでしょうか。

もともと学生の頃からハシブトガラスとハシボソガラスの比較を研究していました。
日本で研究されているのは街のカラスなんです。せいぜい農耕地ですね。でも、元々は山の中にいた鳥のはずなので、東南アジアでは森にいて街には出てこないんです。

世界で一番カラスを見つけやすい日本で、都市でばかり観察されていて森の中で何をやっているのか誰も知らないんですよね。それで、山の中に本当にいるのか、どれくらいいるのか、どういう環境ならいるのか、という研究をしました。

今は、巣が作りやすいところが好きなんだろうか、じゃあ山の中の巣はどうなっているのか、ということを研究しています。

――――場所を決めて、そこに通うのですか?

通える範囲で、かつ観察できるところです。道があって、崖崩れで通行止めにならなそうなところ、分布調査を以前やってカラスがいることがわかっているところなどです。

――――まずはカラスを探すところから始めるんでしょうか。

そうですね。道が通っているところは車も使って探しますが、どうしようもなかったら歩いていきます。屋久島の上とか。海岸から宮之浦岳山頂まで歩きましたからね。宮之浦岳の山頂直下で鳴いているのを見ました。1920mぐらいでしょうか。

――――結構な高さまで飛ぶんですね。カラスの面白さってどんなところですか?

人が去ると来ますね、抜け目なく。ウロウロして飛び去ったと思うと諦められなくてまた来る。そういう、もうちょっとスパっとやれないのかっていう、諦められない残念なところ

――――残念なところ(笑)。

強面に見えますけど、怖がりですから。カラスが電線に留まっていると怖いから避けて通るっていう人がいますけど、カラスがいる電線の下を歩いて、途中でピタっと立ち止まるとものすごくびっくりしますからね。通り過ぎると思った…でしょ?って見上げると、すごいワタワタします。下手すると足を踏み外します。

そういう意外と気の弱いところは好きですよ。お利巧に見えて、妙に頭悪い。

 

ハシブトカラス(写真提供=松原 始)

 

――――インターメディアテクでは、どのようなお仕事をされているのでしょうか?

個人の研究とは別の学芸員のお仕事ですね。博物館の運営です。展示公開、標本の管理などです。

――――展示の企画もされるんですか?

やりますよ。今やっているアヴェス・ヤポニカエ(特別展示『アヴェス・ヤポニカエ(6) ――名と体』2020年11月8日まで)は僕の企画です。僕一人企画というか。自分で企画して、設営して、文章も書いています。デザインや印刷は手伝ってもらいますけど。

――――標本の維持管理というのは?

基本的には温度、湿度の管理、保守点検ですね。一番怖いのは虫が食うことです。虫が食うと、下に粉が落ちてわかるので、まめに掃除をしています。ほこりが溜まるとカビの原因にもなります。鳥のはく製は羽箒と拾ったカラスの羽で撫でています。

――――カラスの羽。

鳥のはく製は羽なので弱いんですよ。毛並みに逆らわないように、柔らかい鳥の羽で撫でるんです。

 

生き物のイメージと誤解

――――『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』のテーマは、生き物にあるイメージへの誤解をといたり、偏見に気づかせる、ということですが、そのようなことは普段から考えられているのでしょうか?

考えている、というか生物学者はだいたいみんなそういうことは感じていると思います。
知り合いが本を読んでくれたのですが、感想は「学生のできの悪いレポートを読まされ続けてついにブチ切れて書いたような本」「お前らはわかっとらーん!いちから説明してやるから聞け!…って愚痴ってるみたい」…でした。

――――できの悪いレポート(笑)。印象だけで書いている感じでしょうか。

生き物に誰しもが詳しいわけではないし、どうしてもイメージが先行するのは当たり前なんですが、専門の人に聞くと「いやぁ、そんなことないよ」っていうのはものすごく多い話です。

例えば、山でクマがどれくらい怖いかっていうと、思っているより怖いけど、思っているほど怖くない。接近していてもクマの方が早く気づいて先に避けてくれていたから人間は気づいてなかった、ということは多いです。その一方で、先日、上高地でも事故がありましたけど、エサの始末が悪いと確実にやられる。
変なところで怖がるのに、注意のしどころを間違える。そういうところはたいがいの生物にある気がしますね。

――――なるほど。生き物への誤解があるということは、専門家ならみんな思うことなんですね。偏見が多そうなカラスを研究しているから、このテーマが出てきたのかなと思っていました。

カラスは極めて誤解は多いですね。それこそ書き出したら何個でも出てくる。

――――かわいい系の生き物の研究者でも偏見や誤解に思うところはあるんでしょうか。

あると思いますよ。「かわいいだけでまとめんな」って。ウサギとかリスとか…。
鳥取環境大学の小林先生の「先生シリーズ」のなかに『先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!』という本がありますが、本当にかじります。ヘビと取っ組み合いの格闘していたり。
ヘビの臭いを体につけることで敵を威嚇しているらしいんですけど、だからって生きたヘビに噛みつくかって…。意外とリスはヤバいんですよ。ああ見えて鳥の卵をけっこう食べてますからね。

――――かわいいけどなかなか過激ですね…リス…。

 

●後編は9月23日に公開予定です。

文=編集部 写真=菅原孝司

 

『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』

著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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