【アイヌと神々の物語】最初の人間パナンペと、クマの意外な関係

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アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第6回は、人間誕生にまつわる人間とクマの話です。

 

 

パナンペとペナンペ

私たちは、パナンペ(川下の者)、ペナンペ(川上の者)という二人の男で、住んでいる所は川の下流と上流と別々ですが、助け合いながら仲よく暮らしていました。
それぞれがシカを捕りクマを捕ってはその肉を食べ、何不自由なく暮らしていました。ある日のこと、川下の者である私、パナンペは一人でクマ狩りに山へ入りました。

少し歩いていくと、どこからか大きなクマが一頭飛び出てきて私を追いかけてきました。とっさのことであったので、弓を構える暇(ひま)もなく、私は身を翻(ひるがえ)して逃げました。逃げても逃げても大グマは私を追いかけるのをやめずに、大グマと私の間の距離はずんずんと縮まるばかりです。
このままでは食い殺されると思った私は、海の方へ逃げていき、着ていた着物を脱ぎながら走り、褌(ふんどし)まで解(と)き、投げすてて素っ裸になって海へ飛びこみました。

沖を目ざして泳ぐ私の後ろから、あの大グマも海に飛びこみ追ってきます。追いつかれたら食い殺される、と必死に泳ぐ私を見た大グマは、追いかけるのをあきらめて岸辺へ戻っていきました。私も戻ろうかと思いましたが、岸辺へ戻ったら、大グマが待っているし、どちらにしても死ぬのならばと考えて、ずうっと沖の方へ泳いでいきました。

すると、前の方に岩山が見えたので、その岩山へ向かって泳ぎ、やっとの思いで高い岩山のふもとへ泳ぎ着きました。少しばかりの砂浜へ上がり、体を丸めて寝てみましたが寒くて寒くて眠れず、ただ震えながら辺りを見ていました。

しばらくすると、岩山の上から神だか人間だかわからないような美しい娘が下りてきました。その娘はよく見ると黒い着物を何枚も重ね着しています。手には何枚かの着物を持ち、体を丸めて寝ている私のそばへ来ました。娘は私の体の上へ着物を投げながら、
「この着物を着て私と一緒に来るように、と父がいいました」と言うのです。

私は大急ぎでその着物を着て、娘のあとについて歩きました。娘はすたすたと岩山の斜面を登り、岩山の上へ着いてみると、金造りの立派な家が建っています。娘は、「さあ一緒にお入りください」と言いながら家へ入っていったので、私も娘のあとへくっついて家の中へ入りました。

家の中には神らしい老夫婦が座っており、私を迎えてくれましたが、あまり歓迎した迎え方ではありません。私が丁寧にオンカミ(礼拝)をし終わると、老人が怒った顔で私にいった言葉は、次のようなことです。

「お前たちパナンペとペナンペ、それにクマは、実は義兄弟なのだ。というのは、大昔にモシリカカムイ(国造りの神)がアイヌの国土を造りに天国から降りてきてこの国を造った。国造りの神が、国造りの仕事をしながら煙草を吸ったが、その吸い殻の白い部分がお前たちパナンペとペナンペという人間になった。そして、黒い部分がクマになったのだ。

それなのに、川上の者はクマを捕ってその肉を食っても、骨や頭もそのまま散らかし、神として祭ろうとしなかった。そのことに腹を立てたクマが、お前たち二人をかみ殺し、骨ごと食ってやろうとして、最初にお前を追いかけた。

幸いにも足の速いお前は、クマに追いつかれずに海へ飛びこんだのが見えたので、黒ギツネの神である私の力で、お前をここまで呼んだのだ。よくよく見ると、クマを神として祭らなかったのはお前ではなく、ペナンペという川上の者であることがわかった。

そこで、これからお前は家へ帰り、川上の者の所へ行き、神である私から聞いた話を全部いい聞かせて、これからはクマを神として祭るように教えなさい。そうしないと、二人ともクマに殺されてしまうであろう」と、老人の黒ギツネの神が私に聞かせてくれました。

それを聞いた私は大急ぎで家へ帰り、さっそく川上の者、ペナンペの所へ行き、ペナンペをうんとしかりつけ、「お前がクマを神として祭らないばっかりに、私は危なく殺されてしまうところだった。これからは、クマを神として祭るようにしなさい」と教えるとともに、クマ神へもたくさんのイナウ(木を削って作った御幣〔ごへい〕)を贈らせて、おわびをさせました。

それからあとは、ペナンペもクマを捕った時は、大事に神として祭るようになり、私も前にも増してクマを大事な神として祭り、何不自由なく暮らせるようになりました。というわけで、クマと人間は、大昔に国造りの神の煙草の吸い殻から生まれた義兄弟なので、仲よくするものだ、とパナンペが語りました。

語り手 平取町荷負本村 木村まっとうたん
(昭和39年5月22日採録)

解 説

アイヌのウウェペケレ(昔話)の中でも、この話のようにパナンペとペナンペ、川下に住む者、川上に住む者という話がたくさんあります。
そのうちでも、この話の主人公たちは、アイヌの子どもたちにとっては身近な存在でした。

二人のうち、ペナンペ(川上の者)はいつの場合も悪役で、パナンペ(川下の者)のまねをしては失敗をして、川下の者に迷惑をかけたり、死んでしまったりします。
しかし、そのような善玉悪玉が出てくることによって、話を聞く子どもたちは、してよいことと、悪いことの判断材料にしたものです。

ですから、子どもたちがフチ(おばあさん)に、「昔話を聞かせて」とせがむと、「パナンペアン ペナンペアン……(川下の者がいて、川上の者がいて……)」と話しはじめるので、子どもたちがいちばん先に覚えるのがこれらの話でした。

この話では、人間誕生の話と、人間とクマは国造りの神の煙草の吸い殻から生まれたものだから、クマを神として祭れと教えています。昔話の中の人間誕生の話は、この吸い殻から生まれる話以外、あまり聞いていません。

川上、川下の考え方はアイヌの場合逆で、川というものは山の上から下りてくるものではなしに、海から山へ上がっていくものと思っていたようです。それは、日ごろ食料とするサケ(アキアジ)・マス・アカハラ・シシャモ、その他の魚は全部川と一緒に海から山へ向かって くるものと考えていたのでしょう。

(本記事は『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』からの抜粋です)

 

『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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『アイヌと神々の謡 カムイユカラと子守歌』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。

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