“オワコン”にはしない・させない! 盛況を誇った登山ツアー、未来型への進化に期待

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登山地でのひとつの風物詩であった団体ツアー、近年、その存在感は徐々に薄れてきている。その理由は、団体ツアーそのもののニーズが下がった、だけではなく、社会環境の変化の影響が大きいという。その実際と、登山ツアーの未来を考える。

 

前回の記事で、「旅行会社の登山ツアーはオワコン」という主旨を記しましたが、そもそも私は登山ガイドとして生計を立てているわけではなく、風の旅行社という中小企業のいちサラリーマンです。あまりツアーについてひどく書くと今後の生活が危ぶまれるので、今回は個人ガイド山行と登山ツアーのメリットを比較しつつ、「やっぱり旅行会社の登山ツアーも良いよね!」という結論を見出していきたいと思います。

 

登山ツアーを利用するメリットとは?

予約が簡単だとか取り消し規定が明確だとか、旅行会社のツアーに参加するメリットはいくつか考えられますが、登山ツアーならではの利点としては以下の3つが挙げられるのではないでしょうか。

  • 1)全国各地の山を網羅。海外トレッキングも
  • 2)万が一の際、旅行会社による補償が受けられる
  • 3)貸切バスや飛行機など交通機関の手配が可能

1)の「全国各地の山を網羅。海外トレッキングも」ですが、個人ガイドは自分の得意な山域のみを案内する方が多い一方、旅行会社はニーズによって何人ものガイドさんに依頼できる点が強みです。また、海外旅行は旅行会社のみが取り扱えるもので、個人ガイドが航空券やホテルを手配することは旅行業法で固く禁じられています。
もちろん、個人ガイドでも全国の山を対象に案内する方はいらっしゃいます。海外登山についても、近年では個人でインターネットを通じて航空券を予約して、直接、海外のガイドにコンタクトを取る人も増えています。ただし、現地の言葉でやりとりする敷居は高いでしょう。

2)の「万が一の際、旅行会社による補償が受けられる」に関しては、明確に旅行会社ならではのメリットと言えるでしょう。多くの旅行会社は「旅行特別補償」という保険に加入しており、何らか事故があった際には、定める額の補償金および見舞金を支払うことになっています。
ただし、その補償内容は一般的な山岳保険に比べてかなり貧弱ですので、任意保険への加入は基本的に必須と考えたほうが無難です。

旅行会社のツアーならではの決定的な魅力は、3)の「貸切バスや飛行機など交通機関の手配が可能」ではないでしょうか。航空券こそ個人で早期割引運賃を利用したほうが割安になるケースが多いものの、貸切バスの利用は、縦走登山などにおいて大きなメリットとなることが考えられます。

 

登山ツアーはガイド山行より本当に安い?

上記ではあえて述べませんでしたが、登山ツアーの魅力は、なんと言っても「費用の安さ」だと考える方も多いはずです。どの程度、個人ガイド山行に比べて割安なのかどうか、それぞれに必要な費用を比較してみましょう。

一例として、新宿にお住まいの方が北アルプスの「前穂高岳・奥穂高岳」を山小屋泊で目指すケースを計算してみます。日程は以下の通りです。

1日目
新宿駅→上高地→岳沢小屋

2日目
→重太郎新道→紀美子平→前穂高岳→吊尾根→奥穂高岳→穂高岳山荘

3日目
→ザイテングラート→涸沢→本谷橋→横尾→徳沢→明神→上高地→新宿駅

 

個人ガイド山行に必要な費用

まずはガイドさん主催の個人ガイド山行の場合です。このコースは日本山岳ガイド協会の規定によると登山道難路(上級者向きのコース)であり、ガイドレシオは1:5(ガイド1名につき5名まで案内可能)に設定されています。ただ、定員ギリギリまで参加者が集まるケースは多くないと思いますので、今回の参加者は3名として試算してみましょう。

●交通費・・・・・・ 12,000円

上高地まではガイドさんの自家用車に相乗りさせてもらう想定です。それによってガイドが対価を受け取ると「白タク」行為となりますので、あくまでも高速料金とガソリン代をワリカンするだけです。

・高速料金
初台から松本まで高速道路を利用。片道のみETC週末割引が適用される場合、一人あたりおよそ6,500円。

・ガソリン代
一人あたり2,300円ほど。新宿駅から沢渡まで片道約250km。車の燃費を10km/1リットル、ガソリン代は140円/1リットルで計算。

・上高地への路線バス
沢渡駐車場から上高地バスターミナルまでは路線バスを利用。1名あたりの往復料金に加え、ガイド分の費用を5名で頭割りすると一人あたり3,200円

●宿泊費・・・・・・ 約35,000円

岳沢小屋、穂高岳山荘のいずれも1泊2食にお弁当を加え、ガイド分の料金を参加者で負担。

●ガイド代・・・・・・ 30,000円

今回は3日とも山行を含むため、ガイドの標準日当30,000円×3日で計算。3名で割ると1名あたり30,000円。

個人ガイドの合計費用・・・・・・ 約77,000円

 

個人ツアーに必要な費用

次に旅行会社の登山ツアーを見てみましょう。ちょっと古いですが、2019年に風の旅行社で主催した「前穂高岳・奥穂高岳」ツアーの旅行代金は54,000円でした。

「やっぱりツアーの方がだいぶ安いでしょ!」と言いたいところですが、実はこの旅行代金は上高地発着のお値段。都内在住者であれば、実際には新宿から上高地までの交通費が別途必要です。例えば新宿から特急あずさ、松本から松本電鉄と路線バスで上高地を目指す場合は、往復で18,660円かかります。

登山ツアーの合計費用・・・・・・ 72,660円

このように特定の条件下ではありますが、個人ガイド山行と登山ツアーの費用の差はそれほど大きくありません。参加者が3名より多い場合は、むしろ個人ガイドの方が安くなるケースも考えられます。

 

思ったより登山ツアーが高い!? 理由

「ツアーなんだし、新宿から貸切バスを使えば?」そう思う方が多いかもしれませんが、実は昨今、貸切バスを利用した登山ツアーはかなり数を減らしています。その理由は、2012年の関越道高速バス居眠り運転事故(※詳細はWiki参照)の影響により、バスのチャーター代が事実上大幅に値上げされたからです。事実、特に影響が大きかった日帰りバスツアーは、10年前と比べておよそ2倍の旅行代金となっています。

また、登山ツアーで使いやすかった小型バス(マイクロバスよりちょっと乗車定員が多い4列シートタイプで、車体下部に荷室がある車種)が、10年以上前に生産中止になってしまったことも遠因として挙げられるかもしれません。

他にも理由があります。前述したガイドレシオは登山ツアーにも当てはまり、「前穂高岳・奥穂高岳」ツアーの場合、登山ガイドステージⅢ以上のメインガイドに加えて、サブガイドが同行した場合でも、お客様の人数はMAXで10名に限られます。これではスケールメリットは生まれません。

そもそも、現地発着の登山ツアーだと手配が必要な部分はガイドさんと山小屋くらいしかありませんので、それらからマージンを得るのは至難の業です。

さらにお土産物屋さんやレストランに立ち寄ってリベートを受け取ることも不可能なため、旅行会社が利益を出すソースは顧客からいただく旅行代金のみに限定されます。正直な商売だと言えば聞こえは良いですが、その負担は参加者が担うことになるのです。

 

旅行会社の撤退・縮小も相次ぐ

こうして改めて検討してみると、費用面も含めて旅行会社の登山ツアーを利用するメリットはさほど多くなくなってきていて、「小回りが効くオーダメイドの個人ガイド山行の方が良い!」という印象を持たれる方も多いかもしれません。消費者にとってより有利なサービスのほうが、ニーズが高まるのは当然であり、実際の山においても登山ツアーの団体が以前より目立たなくなってきたのは周知の事実です。

旅行会社自身も登山ツアーを続ける意義も薄くなっており、リスクの多い登山ツアービジネスから撤退する旅行会社が増えています。10年ほど前は登山専門旅行会社が隆盛を極め、山中で登山ツアーの団体は大変目立ち、良い意味でも悪い意味でも、その時代の登山を象徴する“文化”だったと思います。

あれから10年――。コロナ禍もあって、旅行業界にいると事業縮小など暗い話ばかり耳にします。「これも時代の変化だよ」と言われたら反論の余地はありませんが、以前の登山ツアー業界を知るものとしては、なんとも寂しい限りです。

 

それでも登山ツアーを勧めたい理由

それでも旅行会社の登山ツアーに参加してほしい理由、それは「私が旅行会社の人だから」ではありません。ずばり、「人との縁が生まれるから」です。

どうしても参加者が固定されがちな個人ガイド山行と比較し、旅行会社の登山ツアーであれば「山好き」という共通の趣味を持つ多くの仲間を得られます。今はSNSのグループなどで知らない人とコミュニケーションを図ることもできますが、やはり山で苦楽を共にした仲間との会話は別格です。ご参加いただくお客様同士はもちろん、お客様とスタッフとの間にも有機的な繋がりが生じ、日々、交流を深めています。

ご存じの通り、新型コロナウイルスの影響で旅行業界は大ダメージを負っており、それは私が所属する風の旅行社も例外ではありません。いつになるか分からない夜明けを待つスタッフたちの精神状態(ならびに経営状況?)は限界に近づいているものの、日々、お客様からいただく応援メッセージにより気力を保っている状況です。これこそが今まで築いてきた「縁」の力だと思いますし、むしろコロナが「縁」の大切さを再認識する良い機会になったと言っても良いでしょう。

私はこの時代の山業界に旅行会社が介在する意義も、「縁」にあると考えています。ひとつひとつのツアーには、たくさんの人が尽力しています。企画や手配を担当する旅行会社の社員、現場で実際に案内するガイド・添乗員、広告を掲載する出版社の方々など、多くの人の知見が集まり作られているのです。

ツアーの実施までに関わる人の多さは、個人ガイド山行の比ではありません。こういったエコシステムを活かすことで、新しいニーズを汲み、より的確にサービス向上を図れるのではないでしょうか。多くの人との繋がりがある限り、きっと今後も登山ツアーは進化し続け、登山愛好者たちのニーズに応えていくはずです。

プロフィール

川上哲朗

日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。

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