東京2020オリンピック「スポーツクライミング競技」を振り返る

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文=北山 真 写真=IFSC

2021年8月3日~6日、東京五輪のスポーツクライミング競技が青海アーバンスポーツで行なわれた。競技は速さを争う「スピード」、ロープを使わずに低い(4mほど)壁を登る「ボルダリング」、ロープを使い高い(15mほど)壁を登る「リード」の3種目。これらの総合順位で成績が決定される。


8月3日、男子予選

1種目目「スピード」では、フランスのバサ・マウェムが5秒45の好タイムで1位。楢崎智亜は5秒台で2位。バサの弟ミカエル・マウェムが3位となった。2種目目の「ボルダリング」。4課題中もっとも難しい第2課題をミカエルが一撃する。この課題、ほかに完投したのは楢崎のみで4回のトライを(もちろんトライが少ないほうが好成績となる)。最終的にミカエル1位(3完登)、楢崎2位(2完登)、3位にはアダム・オンドラ(2完登)が入った。3種目目「リード」。アメリカのコリン・ダフィー(17)が最上部に達する。その後、この高度を超える選手はなく、最後のヤコブ・シューベルトが同高度。タイムによりヤコブ1位、コリン2位となった。

東京2020オリンピックよりクライミング男子ファイナリストたち

男子ファイナリストたち

 

8月4日、女子予選

1種目目スピードでは、野中生萌7秒55、野口啓代8秒23、ともに自己ベストを更新。幸先良いスタートとなった。2種目目ボルダリングでは、得意種目のはずの野中がまさかの1完登、しかしトライ数が少なく8位につけた。野口は持ち前の「課題の読解力」、そして「クリンプの強さ」を発揮、3完登で3位となった。ヤーニャ・ガーンブレットが全課題一撃で1位。そして3種目目リード。スタート5mからいきなり強傾斜となり、ハリボテの先端にホールドがつけられさらに傾斜を強くしている。ここで、野中が大健闘、3位となり、総合でも3位。野口はリード6位となったが総合で4位。両名とも余裕の予選通過となった。リード1位は韓国のソ・チェヒョン。しばらく国際大会から遠ざかっていたが、オリンピックの大一番にフォーカスしていたものと思われる。

 

8月5日、男子決勝

1種目目のスピードでは、昨日のリードで腕を痛めたバサ・マウェムが欠場。アダム・オンドラがラッキーな不戦勝となった。この日のハイライトは実質決勝ともいえる楢崎智亜VSミカエル・マウェムの準決勝での対決。ところが、ミカエルは2回もスリップ。あっけない楢崎のファイナル出場となった。ファイナルの相手はアルベルト・ヒネス。楢崎なら9割の力を出せば勝てる相手である。ところが、楢崎はまさかのスリップ。それも出だしの自らあみ出した「トモアスキップ」のパートであった。本来は楽に1位をとれたはずの2位が、最終成績に影響することになる。

2種目目のボルダリング。1課題目のスラブはやさしく7名が完登。2課題目のコーディネーションはいささか難しすぎで完登はナサニエル・コールマンのみ。3課題目は完全に難しすぎた。一見複雑な内容かと思うが、実質、極小クリンプに耐えられるかどうかだ。結果は完登がなく、全員がゾーン獲得。ここまでナサニエルが1位。楢崎は3位につけた。

第3種目リード。中間部で右に大きく出て、最上部では左に出る複雑なライン取りだ。楢崎は予選の結果により1番手で登場。これはプレッシャーという点でラッキーだと思われた。が、上部をうかがうあたりでフォール。その後も最上部達する選手が出ないなか、最後にヤコブ・シューベルトが登場。ミスのない完璧な登りで完登。リード1位で総合でも3位に入賞した。総合優勝はアルベルト・ヒネス。ボルダーでは7位と落ち込んだが、リードで4位と巻き返し、ナサニエルと2ポイント差で金メダルを手にした。楢崎は総合4位。スピードのミスさえなければ彼が金メダルであった。

 

8月6日、女子決勝

1種目目スピード。フライングなどの番狂わせはまったくなく、実力通りの順位となった。ポーランドのアレクサンドラ・ミロソラフが6秒84の世界新記録を樹立。

2種目目ボルダンリング。その課題は難しすぎるものだった。第1課題はスラブのトラバース。出だしから「出来ない選手」が相次ぐ。ブルック・ラブトゥが抜群のボディコントロールで最終ホールドに達するが、完登ならず。完登はヤーニャ・ガーンブレットのみ。第2課題はコーナーから。足位置が難しくなかなかステミングの体勢になれない。ここでもブルックがすばらしいパフォーマンスで最終ホールドまで迫るが完登できず。これまたヤーニャのみが完登。第3課題。オポジションでスタート。フィンガークラックから次が異常に遠く、ヤーニャも含めだれもできず。ゾーンをとったのはヤーニャとブルック、野中のみだ。

3種目目リード。ハングのほぼど真ん中を行く。テクニカルな下部、フィジカルな中間部、読みにくい上部。最後には豪快なダブルダイノが待ち受けるが、誰もここには達しなかった。野中が最初の核心を越え21をマーク。そして、競技人生最後のクライミングとなる野口が渾身の力を振り絞り29+。ヤーニャはここで底力を見せ上部をうかがい37+。予選1位のソ・チェヒョンはこれに届かず35+で2位となった。

東京2020オリンピックよりクライミング表彰台に立つ女子のメダリスト

表彰台に立つ女子のメダリスト

東京2020オリンピックよりボルダリングの野中生萌

ボルダリングの野中生萌

総合はもちろんヤーニャの圧勝。野中2位、野口3位。日本チームにとって想定内での最良の結果といってよいだろう。東京2020オリンピックを最後に現役引退を表明した野口啓代の、長期にわたる活躍、そしてクライミング界への貢献に感謝するとともに、今後、競技ではない本来の岩登りでのパフォーマンスに期待したい。

東京2020オリンピックよりクライミング現役を引退する野口啓代、最後の雄姿

現役を引退する野口啓代、最後の雄姿

さて、総括に移ろう。東京2020オリンピックから初採用となったスポーツクライミングだが、大会は失敗とまでは言わないが、大成功とは言えない内容であった。それは、採点方法(1位と2位の差があまりに大きすぎる。パリでは改正される予定)と、「ルートセット」が原因である。

もちろん、たとえばリードで半数以上の選手が完登する、ボルダーでも全員が全完登する、といった極端にやさしすぎる結果となるよりは「ましだった」のかもしれない。しかし、ボルダーで誰一人完登できないような課題を出すべきではなかったのだ。特に、ファイナルはたった3課題しかないのである。結果、ほとんどの時間、観客たちは「誰一人登れない選手の姿」を見続けることになった。視聴者のなかで、自らがクライマーであり、コンペの観戦においてもベテランという人間であれば、あの状況でも選手の微妙な動きや心理的な駆け引きなどを楽しむことができたのかもしれない。しかし、一般のオリンピックの視聴者は、「なんだ、誰も登れないじゃないか」と、退屈に感じたのではないだろうか?

リードにしても、予選と決勝全4ルート中、完登が出たのは男子決勝のみだ。しかも、これはヤコブ・シューベルト一世一代のパフォーマンスによるものであった。たとえば予選で2名が完登し、「さて、この二人のどちらが優勝か!」といった盛り上がりから、さらに、「別の選手が完登して逆転ドラマが……」といった予想外で興奮する展開など、絶対になりえないのが今回のルートであった。カウントバックの採用、タイム測定と、昔のコンペよりはずっと同じ成績が出ないようにルールは変更されている。セッター陣は、完登が多数出ることを恐れすぎていないだろうか?

パリ五輪では、スピード競技が独立し、ボルダリングとリードは複合競技となる。上位を狙う選手は、より洗練されたスキルとタクティクスを身につけねばならないだろう。そしてパリ五輪では、出場選手たちの実力が十分に発揮できるルートセットが望まれる。

プロフィール

北山 真(きたやま・まこと)

ミュージシャンにしてクライマー。全国各地の岩場を巡り、前人未到の「ルート開拓全県制覇」を達成する。日本フリークライミング協会元理事長。元日本山岳協会理事。日本山岳ガイド協会フリークライミングインストラクター協会顧問。日本クライミングジム連盟顧問。日本開拓クライマー協会代表。JMCC代表。『ヤマケイ登山学校 フリークライミング』『日本ボルダリングエリア上・下』『フリークライミング日本100岩場①~⑤』ほか、山と溪谷社からクライミングに関する著書を多数出版。

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