屋久島が舞台のアクション大作『還らざる聖域』

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評者=田平拓也(屋久島ガイド旅樂代表)

還らざる聖域

著:樋口明雄
発行:角川春樹事務所
価格:1980円(税込)

 

 著者の樋口さんと出会ったのは3年前。僕は取材に訪れた樋口さんを宮之浦岳縦走へと案内した。その折に「次回作のモデルに起用していい?」と尋ねられ、特に断る理由もないので快諾し、その結果、本書内の山岳ガイド・狩野哲也の人物造形として起用していただいた。読了した妻も大爆笑するほど人物像が僕に似ている。読み終わるころには自分が狩野になってしまったような錯覚に陥った。実際、一緒にいた時間はわずか2日間。樋口さんの観察力にただただ驚くばかり。本書で描かれる地形もまるでドローンで島を俯瞰しているかのようにリアルだ。地図を広げて本書を読み進め、そのディテールの正確さを確認してほしい。

 屋久島は土地の9割が山で、その麓に暮らす人々にとって、山は神が住む場所と神聖視されている。そんなアニミズムの世界がまだ息づく平穏なこの島に北朝鮮の特殊作戦軍が上陸し、全島を武力制圧する──この展開は今まで想像したこともなかった。しかし、読み進めていくと、非現実的に思える世界が現実に起こりえるのではと思えてくる。それは登場人物の背景がリアルで、まるで実在するかのようだからだろうか。文章中の「山に神が宿るとすれば、石塚山しかない」という台詞は、実在した木こりの故・高田久夫氏の言葉だ。登場人物ハン・ユリが目にする、縄文杉を超える巨樹も高田氏が発見したことで知られる。

『還らざる聖域』には実在する言葉が言霊のようにつづられている。本作品を通して、厳しい自然環境で島人が大切にしている集落のつながり、そして山ノ神の存在も輝きを増す。

 

山と溪谷2021年9月号より転載)

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