眺める山の良さ、山麓の施設の味わい―― 山を愛する方々の想いを”つなぐ”
「無理をして山に登らなければ事故に遭うリスクは減らせる」。極論かも知れませんが、突然の天候悪化や体のコンディションが整わないときなど、予定していた計画を短縮したり延期したりすることも、ある意味、積極的な遭難対策なのかも知れません。はるばる目指す山の麓まで出かけていたりすると、ついつい無理をしてしまいがちですが、今回はそんな時の過ごし方を記してみます。
こうして「事故に遭うリスクの軽減」について連載させてもらっている私自身も、かなり前から綿密に計画を練って、はるばる出かけた遠方の山々で急な荒天に出遭った時など、「せっかく来たのだから」と、ついつい無理をしてしまうこともあります。
遠くで台風が発生した際なども、「影響が出る前に下山できるだろう」と甘く見て危うい目にあったこともないとは言えません。荒天のなか景色も味わえずに歩いても、けっして楽しくはないのに、なかなか冷静な判断ができないものです。
私が今、関わらせていただいている日本山岳救助機構では、この10月から「山の絵つなぐ」という新しいサイトをオープンしました。日頃から山の絵や版画などの作品を描き、制作なさっている方々のご協力を得て、100点近くの作品掲載からスタートしたのですが、ますますご出展数も増え、日本全国各地の山々からヒマラヤやアルプスなど海外の山々まで、ご覧いただくだけでも楽しいサイトです。
掲載されている山の風景や、花や鳥などの作品を一点一点鑑賞しながら思うことがありました。それは「山麓から眺める山の姿もいいものだなあ」ということ。そして、じっくりと山と対峙して描かれる作家の方々は、山容はもちろん、尾根筋や深く刻まれる谷、森林の木々のありようまで、「本当にじっくりと観察して筆を走らせていらっしゃるのだろうなあ」としみじみ感動させられました。
私たちの普段の登山でも、このようにじっくりと山を見つめ、観察していれば、事故に遭うリスクを減らすことにもつながるのではないか。
サイトには「最近は、なかなか登山に出かけられなくなってしまったが、山の絵を身近に置いて日々眺めていたい、欲しい人や共感してくれる人に譲って大切に飾ってもらいたいなど、山を愛する方々の様々な想いをつなぐお手伝いをさせていただきます」とありますが、こうした芸術との触れ合いは、登山の機会が減ってしまった人のみならず、今、まさに山にのめり込んでいらっしゃる方々にもおすすめできることだと感じます。
例えば、毎年『山と渓谷』誌1月号の付録につく「山の便利帳」にも、全国各地の山と縁の深い美術館や博物館、記念館などが沢山リストアップされています。せっかく出かけたのに荒天に遭遇してしまった時など、「よし今日は美術館めぐりだ」、「文学散歩に切り替えよう」などといった判断があってもいいのではないか。
登山の前後に寄ろうと想っても、なかなか時間の都合がつかずに諦めていた山麓の魅力を、ゆっくり味わうチャンスととらえれば山旅もより充実します。「芸術や文化に触れて豊かな時間を過ごすことができたなあ」という喜びも素晴らしいものではないか。山の絵をつなぐ新しいサイトに掲載された数々の作品を鑑賞しながら、そんな思いを抱きました。
プロフィール
久保田 賢次
元『山と溪谷』編集長、ヤマケイ登山総合研究所所長。山と渓谷社在職中は雑誌、書籍、登山教室、登山白書など、さまざまな業務に従事。
現在は筑波大学山岳科学学位プログラム終了。日本山岳救助機構研究主幹、AUTHENTIC JAPAN(ココヘリ)アドバイザー、全国山の日協議会理事なども務め、各方面で安全確実登山の啓発や、登山の魅力を伝える活動を行っている。
どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるか――
山岳遭難事故の発生件数は減る様子を見せない。「どうしたら事故に遭うリスクを軽減できるか」、さまざまな角度から安全登山を見てきた久保田賢次氏は、自身の反省、山で出会った危なげな人やエピソード、登山界の世相やトピックを題材に、遭難防止について呼びかける。