「事故事例集」から学ぶ様々なことがら。『事故防止は仲間の知恵で』が伝えること

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このコラムの趣旨である「どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるのか」ということを勉強する上では、数々の事故報告書や事例集などから参考にさせてもらえることも多いと思います。こうした報告書に寄せられた貴重な体験や分析は、「同じ事故を繰り返さないで欲しい」というメッセージが込められたものです。今回、大阪府勤労者山岳連盟が創立50周年を折にまとめた『事故防止は仲間の知恵で』という事例集を読ませていただく機会がありました。

 

大阪府勤労者山岳連盟の方々によってまとめられた本事例集は、1998~2020年にわたって発生してしまった事故事例に関してまとめたA4、137ページのもので、この2021年4月に発行されました。

同連盟(前)理事長の園敏雄さんの「巻頭言」には、「2016年に大阪府勤労者山岳連盟が創立50周年を迎え様々な記念行事を企画する中で、30周年時にまとめた『大阪労山における事故の記録』(1994年発行)を継ぐ、以後20年のまとめをしなければと言う、大きな課題が残っている事に気付きました」と刊行の経緯が記されています。

『事故防止は仲間の知恵で』(左)と「こんわ会ニュース」(右)


また、「はじめに」では、同連盟(前)副理事長・(前)教育遭対部長の中川和道さんが、経過と作業の流れ、本書の構成、目的、想定する読者層などについて記載し、「防ぎ得た事故をゼロにしよう」という目標を述べています。

構成は第1部の「事故の集計と分析」と、第Ⅱ部の「取材と寄稿」の2部構成から成っていますが、第1部は年度ごとの事故分析、登山分野/山行目的ごとの集計と分析、海外登山の事故、トレーニング山行の事故、ハイキング、ピークハント、縦走(無雪)、バリエーション(無雪)、岩登り、室内壁、沢登り、雪山、山スキー、積雪登攀、積雪バリエーションなどと、分野ごとに詳細なデータが示され、第Ⅱ部では個別の事故についての取材結果が詳しく説かれています。

分析結果の要点は以下のとおりです。(1)登山道での事故が多い、(2)下山中の事故が多い、(3)登山道下山中の事故は墜落や転落よりもその場での転倒が多い、(4)にもかかわらず骨折にまで至っている、(5)登山道下山中の事故は14 時頃集中的に起きており、これが全体の事故統計でも「魔の時刻は14時」に対応している可能性がある、(6)道迷いの事故は2%しかない(連盟「山の教室」の読図チームの活躍や各会での読図公開ハイクなどの取組の成果だと思われる)と記されています。

私がこの話題をお伝えしたかったのには、もうひとつの理由もあります、それは組織に属したり仲間を持つことの素晴らしさを感じて欲しかったからです。事例集のタイトルにも、「仲間の知恵で」とあるように、日頃から登山の喜びを分かち合い、事故等の際にも一緒に対処できる仲間がいるからこそ、こうした分析や学びも可能となるわけです。

さらに、きわめて私的な話題になってしまい恐縮ですが、私自身がこの本を受け取ったタイミングで感じた、人とのご縁のありがたさについてもお伝えしたいのです。

「そろそろ断捨離も進めなければ」と、山の本や資料であふれかえってしまった本棚を片付けていた時、懐かしい手書き文字の冊子が出てきました。「こんわ会ニュース」と私の筆跡で題字が記されたこの冊子(1983年9月発行)は、当時参加させていただいていた「平和と登山のあり方懇話会」が、呼びかけのために発行したものです。

山と溪谷社広告部の新入社員だった私は、いつか憧れの『山と溪谷』編集部に移れた日のために、知識と人の輪だけは増やしておきたいと、就業後は様々な集いに参加させていただく日々でした。懇話会との出会いもその頃でした。「登山者も戦争や平和について無関心ではいられない」と、色んな分野の講師の方をお招きしての勉強会はとても新鮮で充実したものでした。

40年前、懇話会に参加させていただいていた頃の私。冬も南アルプスの沢を遡行するなど活動も地味でした・・・


懐かしく冊子を読み終えて散歩に出かけようと玄関に出たら、郵便受けに、その懇話会でご一緒だった中川さん(前出の前副理事長)からの封書が届いていました。それがこの事故事例集だったのです。初めての出会いから40年の歳月が流れていました。

日本山岳会の名簿から私の住所をたどって下さったことも知り、余計にうれしく感じました。今は、多くの登山者の方々がお一人で山を歩かれている状況ですが、組織の良さや、人とのつながりの幸せなども、ぜひ感じていただけたらうれしいと思い、今回も綴らせていただきました。

なお、『事故防止は仲間の知恵で』は、大阪府勤労者山岳連盟で販売しています。コロナ下でもあり、注文の取扱いは現在、労山内のみのようです。詳しくは、大阪府勤労者山岳連盟のWebサイトでご確認ください。

 

プロフィール

久保田 賢次

元『山と溪谷』編集長、ヤマケイ登山総合研究所所長。山と渓谷社在職中は雑誌、書籍、登山教室、登山白書など、さまざまな業務に従事。
現在は筑波大学山岳科学学位プログラム終了。日本山岳救助機構研究主幹、AUTHENTIC JAPAN(ココヘリ)アドバイザー、全国山の日協議会理事なども務め、各方面で安全確実登山の啓発や、登山の魅力を伝える活動を行っている。

どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるか――

山岳遭難事故の発生件数は減る様子を見せない。「どうしたら事故に遭うリスクを軽減できるか」、さまざまな角度から安全登山を見てきた久保田賢次氏は、自身の反省、山で出会った危なげな人やエピソード、登山界の世相やトピックを題材に、遭難防止について呼びかける。

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