【妙高山~火打山】豪と柔、対照的な山容をもつ二つの豪雪の山々を訪ねる

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豪雪が削り出し、研ぎ上げた個性的な山々が連なる上越・信越国境。写真家の星野秀樹さんは信越国境の山村に暮らし、山々を訪ね、その魅力を追い続けています。星野さんの著書『国境山脈』(山と溪谷社)から、対照的な美しさをもつ妙高山、火打山を紹介します

 

北面から見る冬の火打山。日本海からダイレクトに吹き付ける季節風が多量の雪をもたらす

 

妙高山~火打山

豪と柔、対照的な山容をもつ
二つの豪雪の山々を訪ねる

対照的な二つの山の連なりがある。一つは、荒々しく、複雑に、城壁に守られるようにそそり立つ山。もう一つは、柔らかく、たおやかに、潤いのなかに広がるようにそびえている山である。男性的な妙高山と、女性的な火打山。剛と柔を象徴するかのような二つの山々が、今回の主人公だ。日本海までの距離、およそ20㎞。標高2400mを超えて冬の季節風をまともに受ける山稜は、言わずもがな、「超」豪雪の山である。

仏教で世界の中心を指す須弥山の別名である「妙高」の名をもつ妙高山は、その名からも知れるように古くからの信仰の山である。頂稜に点在する象徴的な溶岩舞台は、格好の修験の道場であったことをうかがわせる。また、成層火山のこの山は、越後富士の異名をもつ。赤倉山、三田原山、神奈山などの外輪山に囲われた内側に、ドーム状の中央火口丘を抱く山容は、堂々といかつく、そして美しい。

いっぽうの火打山。たおやかに丸みを帯びた稜線を、天狗の庭の池塘に映して登山者を誘う。広大な高層湿原を抱え、季節を彩る高山植物の宝庫である。山容が火打石に似ていることが名前の由来といわれるが、妙高山と焼山という二つの火山に挟まれた存在そのものが、火付け役とでも呼ぶべき「火打石」なのだと思う。

笹ヶ峰からたどるブナの森は、いつの季節もすてきだ。雪解け水をたっぷりと吸った新緑。夏の太陽と高原の寒気にさらされて色づいた黄葉。点在する巨木を縫って木道が続く。深い森から高山へと至る山歩きは、単に変化があるばかりでなく、その山のもつさまざまな魅力を常に感じさせてくれるおもしろさがある。ことに火山と豪雪という変化の激しい自然の組み合わせは、よりいっそう多様な山の表情をつくり出して、登りのつらさを忘れさせてくれるのだ。

黒沢を渡って、十二曲りの急登。さらに単調なつらい登りを耐えて富士見平に着く。6月に入っても、この辺りの登山道はまだまだ雪の下だ。ダケカンバの新緑の先に、残雪のまだら模様を見せる火打山が顔をのぞかせている。

ある年の梅雨の晴れ間、黒沢池を通って妙高山をめざした。池近くの草原は紫色のハクサンコザクラに覆われ、たどる木道脇にはチングルマやワタスゲが群落となって風に揺れていた。

小屋開け準備中の黒沢池ヒュッテに断ってテントを張らせてもらい、軽装で頂上へ向かう。外輪山の一角、大倉乗越から対峙する妙高山の中央火口丘は、まるで新緑の波に洗われる大入道のよう。堂々と頭を持ち上げてこちらを見下ろしているようで、なんだか怖い。足元に箱庭のような長助池を見下ろしつつ、急斜面の残雪をトラバースして、頂上への急登にかかる。登り着いた溶岩帯の山頂からは、200㎞あまりの距離を隔てて雲間に浮かぶ富士山を見つけた。日本海から太平洋へ、ほぼ列島を横断して望む大展望であった。

翌日、茶臼山を越えて火打山へ向かった。振り返り見る黒沢池は毛細血管のように細かな池塘を集めて、水多き季節らしい複雑な模様を描いている。雪解けが進む登山道は花の宝庫だ。サンカヨウやショウジョウバカマ、コイワカガミにミツバオウレン。キヌガサソウ、イワイチョウ、コバイケイソウ、ハクサンコザクラ……。

天狗の庭は霧に煙っていた。池塘と山腹の新緑が白く霞み、めざす火打山は流れる霧の向こうに、その均整のとれた美しい姿を見え隠れさせている。ここへ僕は、季節を変えて幾度もやってきた。コントラストの強い日差しに照らされた盛夏の記憶。斜光線に射抜かれて輝く、秋の山肌と水面の記憶。残雪の、たっぷりとした雪が辺り一面を覆って、スキーを履いて自由自在に行き来した春の記憶。そして今、柔らかく包む霧が、火打山らしい優しい時間を生み出して、新しい記憶がまた一つ生まれていく。

露に覆われた草花の間を縫うようにして頂上へ向かう。曇天の光は優しく、いかつい入道頭を見せる妙高山ですら丸く、和らいだ雰囲気に変えてしまった。対照的な二山と思っていたものの、実のところどちらも、どっしりとおおらかで、厳しくも優しい山々なのかもしれない。

慈愛に満ちた父と母。剛と柔を併せもつ、妙高山と火打山に幾度か通ううちに感じるようになったのは、そんな想いである。

 

『国境山脈』

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星野秀樹
1968年福島県生まれ。同志社山岳同好会OB。ヒマラヤ、天山山脈などで高所登山を経験した後、北信州飯山の豪雪の山村を拠点に、剱岳や黒部源流域、上越・信越の山々、北米のウィルダネスなどを撮影。最近は山岳地帯や里山に生きる先人たちにも惹かれ、その言葉に出会う旅も続けている。著書に『雪山放浪記』『剱人』『ヤマケイアルペンガイド 北アルプス 剱・立山連峰』(いずれも山と溪谷社)がある。

 

美しく気高い国境山脈へ

群馬と新潟、新潟と長野の境をなす山稜は、日本有数の豪雪地帯であり、ブナ帯文化の世界でもある。その多くは人の暮らしから隔絶された孤峰ではなく、人の暮らしとともにある里山だ。そんな山々の麓に、僕は今暮らしている。ブナと雪、それに日本海側の風土に惹かれて、新潟と長野の県境、信越トレイルが通る関田山脈の麓に移住したのだ。家のすぐ裏から始まるブナ林と、例年4m前後に達する積雪は、けっして美しいばかりではなく、厳しい自然の現実をも思い知らせてくれる。ここでは、暮らしの中にいても山を漂っているかのような感覚になる。

この里から眺める風景は、雪とブナの稜線だ。背後には関田山脈、千曲川の流れの向こうには越後三山や巻機山など魚沼の山々が。正面には秋山郷の奥にそびえる苗場山、鳥甲山、さらに尾根を少し登れば妙高山や黒姫山などの北信五岳を望む。いずれも新潟、群馬、それに長野の県境周辺の山々だ。そこは、好んでこの地に暮らす僕にとって、まさに愛すべき裏山とでも呼ぶべき場所である。

この上越、信越の県境山稜は、残念ながら北アルプスのように万人を惹きつける山容をしているわけではない。南アルプスのような重厚なスケールの山々とも違うし、八ヶ岳のように利便性に優れた山でもない。でもこの山々は、ブナと雪が育む多様性にあふれ、沢登りや豪雪の雪山登山など日本的登山の醍醐味を味わわせてくれる。かつてはマタギが闊歩した領域は、いまなお豊富な山菜やきのこがあふれる宝の山だし、おいしい米や酒を里の暮らしにもたらす恵みの山でもある。

また、暮らしに欠かせない里山という一面がある一方で、その背後にはいまだ登山道すらない深い山並みが続いている。どこかしらあたたかい雪国の風土と得体の知れない自然の深みとが同居しているのも、この山域の大きな魅力のひとつだろう。

この県境付近に連なる山々を具体的に挙げると、群馬、新潟県境の平ヶ岳から越後三山、巻機山、谷川連峰、白砂山。さらに新潟、長野県境の苗場山塊から関田山脈、北信五岳、頸城山塊、海谷山塊などである。これらをすべて「僕の裏山」などと言うのはえらく独りよがりで乱暴だけれども、自分の暮らしの足元から始まる連なりが、大きな山塊となって構成されている世界を見ると、やはり「愛すべき裏山」とでも言いたくなってしまうのだ。

もちろん、ひとつながりの山脈ではないから、これらの山々を一言で表わす言葉はない。一般的には「上信越の山」と言われているが、「上信」(群馬、長野県境)に属する浅間山や妙義エリアなどは、雪国風土に根ざした他の山とは性格が異なるので僕の山行リストには入れていない。ちっぽけな日本という島国の、雪国という特異な地方。この風土に根ざした山脈を、あえて国境山脈と呼んでみたい。上越・信越国境山脈。美しく、気高い日本の里山を巡り歩きたいというのが僕の想いだ。

※本記事は『国境山脈』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

国境山脈

豪雪が削り出し、研ぎ上げた個性的な山々が連なる上越・信越国境。 長野・群馬・新潟の県境周辺は百名山級の有名山岳だけでなく、 知る人ぞ知る隠れた名山も多く、古くから登山者に愛されてきました。

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