登山者が登山道を支えている? ボランティアによる登山道整備

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

多くの人が利用している登山道。しかし、誰が設置し、管理しているのか、あいまいなまま放置されているのが現状だ。

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、今後の方策を検討し、法整備による具体化を、山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊『これでいいのか登山道』(山と溪谷社)から一部抜粋して紹介する。

登山道とボランティア活動

文=愛甲哲也

登山者が支える日本の山

今や、日本の山、登山道は登山者が支えていると言っても過言ではないかもしれない。多くの地域で、山岳会や市民団体が参加した登山道の補修や啓発活動が行われている。国立公園や国有林などには、一応は法律上の土地所有者や管理者が定められ、環境省、林野庁森林管理署、都道府県、市町村などが施設の設置、維持管理、保守点検を行なっているが、なかなか進まない対策に予算や人員の不足が決まり文句となりつつある。また、民間の山小屋が集積する地域は、それらの事業者によって公共的な登山道の点検や補修が担われている。

市民、登山者の協力する登山道の管理は、市民参加の隆盛として歓迎すべきではあるものの、行政の手が後退し、登山者任せが闇雲に増大する状況には危機感を感じる。

 

全国的な動向

従来より、各山岳会は、自身の登山活動以外に、山岳地域を守るための自然保護活動や、安全登山の啓発・情報提供、地元の山の施設の設置、公開、維持管理などに取り組んできた。その全国的な実態は不明であるが、北海道内の山岳会を調査した研究では、約8割の団体が登山大会の支援、登山道や野営地の維持管理、山小屋・避難小屋の維持管理などの何らかの活動に取り組んでいることが示されている。

また、日本山岳遺産基金は、2010年から「次世代に伝えたい豊かな自然環境や、人と自然の関わりがあり、それらを守りながら活用するような地元の活動が盛んな山や山岳エリア」を認定し、活動団体への支援を行っている。2020年までに39団体が認定されているが、北海道から九州まで、活動も登山道整備、安全登山の啓発、環境教育、携帯トイレ普及啓発、外来種駆除など多岐にわたっている。同様の活動は、おそらく山岳遺産に申請をしていない山域や団体でも行われていることが想像できる。

 

北海道における取り組みと参加者の意識

北海道で活発な登山者の活動が見られるのは、大雪山である。パークボランティアや地元の山岳会が、登山道の維持管理などに取り組んでいる。大雪山国立公園パークボランティア連絡会は、1989年に当時の環境庁が主導して発足したボランティア組織であり、2016年8月における会員数は94名である。活動は表大雪、十勝連峰、東大雪の各地域で、パトロールや清掃、登山道整備、登山者への啓発・指導、外来種の防除、研修会など多岐にわたっている。登山道整備は6月から9月にかけて行われ、2016年には6回実施された。パークボランティアの会員に対する活動の支援として、清掃用具や自然解説用具など備品の提供のほか、活動時におけるロープウェイ、避難小屋や野営場の無料利用、各登山口付近で指定された温泉施設での無料入浴がある。近年では、会員の高齢化などによる行事への参加者の減少、会員間の体力差の拡大などが課題となっている。

地元の山岳会は数団体あるが、例として富良野山岳会を紹介する。富良野山岳会は1927年に地元の山スキー愛好家らによって設立された、北海道内で最初の山岳会である。会員は41名(2016年7月現在)で、富良野市周辺に住む会員が多いが、中には旭川や札幌に居住する会員もいる。山行やクライミング研修などの活動のほか、登山道整備、清掃、市民登山会や学校登山会の引率・案内、山小屋の管理、山岳パトロール、スノーモビルの監視などの管理活動も行っている。登山道整備は主に富良野市内の山域において行っているが、この中には、富良野岳や原始ヶ原など大雪山国立公園の公園区域内の山域と、富良野西岳、北の峰、芦別岳など、大雪山外の山域も含まれる。富良野山岳会の運営の特徴として、山岳会が富良野市や環境省から登山道の維持管理業務を委託しており、作業に参加した会員に対して少額の日当が支払われている。

また、近年では、一般参加者募集型の登山道整備が行われている。例えば2015年7月には、黒岳において上部の登山道整備に使う資材(土嚢袋や鉄杭、木材)を、希望する一般登山者に山頂または山頂近くの黒岳石室まで担ぎ上げてもらう取り組みが試行された。約20日間で、土嚢340袋、鉄杭300本、板90枚が運搬された。さらに、環境省や北海道上川総合振興局の主催で、登山道整備を組み込んだ登山会や、研修会が開催されている。旭岳・裾合平周辺での登山会では、登山道整備に関わる山岳ガイドの案内により、老朽化した木道の架け替えや、段差の補修、侵食が進む登山道の法面保護などの作業を行い、山麓にある東川町の研修施設で作業の振り返り、登山道整備についてのレクチャー、そして参加者同士で交流をはかるセミナーなども開催されている。このような整備の際には、関連する企業・団体の支援もあり、一般参加者のロープウェイ運賃や温泉入浴料の割引などの支援があった。

2015年夏の登山者に意識調査を行い、協働型登山道管理の認知度、今後の参加意欲などを質問した。登山道整備に参加した経験をもつ回答者はわずか2%にすぎず、知っていたが参加したことはない、知らなかったがそれぞれ半数ずつとなった。参加意欲については、登山のついでに出来る補修や清掃と運搬などに参加したいとする回答が多く、半日、一日かかる作業や広報の支援などは意欲が低かった。登山のついでに出来るということが、一般登山者にとっては参加しやすいという印象をもったと考えられた。

一般登山者の協働型登山道管理に関する意欲

 

世界の先進事例

海外でも、登山者が参加して、登山道の維持管理が行われている。一般の登山者でも登山道整備に参加しやすく、活動を継続してもらうための工夫が、北米の山岳地でみられる。その一例として、アディロンダック山岳会を紹介する。アディロンダック公園は、アメリカ合衆国ニューヨーク州の北部に位置する州立公園である。面積は2万3558㎢であり、アメリカ本土最大の自然公園である。

アディロンダック公園内には、約4100㎞の登山道がある。アディロンダック山岳会は、1922年に設立された非営利組織であり、ニューヨーク州内全域に地域支部を持ち、会員数は1万6000世帯に上る。州政府より公園内の州有地の登山道整備業務を受託している。山岳会の業務は登山道整備のほか、環境保護活動、宿泊施設の運営、環境教育、植生保護、登山者の指導などである。

登山道整備作業は様々な形態で、組織的に行われている。技術や体力の必要な作業は、季節雇用の登山道整備スタッフ15名が行っている。多くは大学生で夏休み期間中を利用して活動しており、ボランティアを率いる役割のスタッフも、期間雇用の学生が担っている。

登山道整備は、春から秋まで様々な形態で開催されている。登山シーズンの前後には、会員だけではなく一般の登山者も参加可能な登山道の点検や排水溝の清掃などが行われ、100名程度の参加がある。高校生を対象にした有料(参加費約300ドル)のプログラムは、5日間に渡って避難小屋で寝泊まりしながら登山道整備をする。大人を対象に週末を利用した無料の登山道整備作業や、数日間にわたってロッジに泊まり、登山道の整備作業をする有料(参加費約300ドル)のツアーがある。これらのプログラムで実施する作業内容は、山岳会の正規職員が、州政府と調整を行いながら決めている。その際には、作業の難易度や楽しさなどを考慮しながら、それぞれのプログラムにふさわしい作業を振り分けている。

また、ニューヨーク州環境保護局が、アディロンダック山岳会を募集窓口としている登山道のアドプト制度(里親制度)がある。約90名が150区間について登録し、平均でおおよそ4マイル(6.4㎞)の区間ごとに、登録者が倒木や枝葉の刈り込み、排水の確保などの作業を行っている。避難小屋のアドプト制度には約120名の登録者がおり、小屋の点検や清掃、屋根の修理などを行なっている。修理に必要な資材は、州環境保護局から提供される。

アディロンダック山岳会はボランティアの登山道整備の技術水準が保たれるよう、アドプト制度の登録者には登山道整備の技術についての研修を義務付け、また登山道整備技術の簡易なマニュアルを作成するなどしている。

 

今後の課題

ボランティアが参加して登山道整備をしていることの認知度はまだ高いとは言えない。アンケート調査からは、参加意欲は高く、参加しやすい機会が求められている傾向が見えた。大雪山の協働型登山道管理においても、ガイドツアーとの組み合わせや、交通費のサポートなどの支援がおこなわれている。アディロンダック山岳会では、登山と整備のスキルの違いにも配慮し、初心者向けから経験者向けの様々なボランティア活動の機会を提供し、専門のスタッフによるサポート、技術向上の機会も設けられていた。ボランティアに体験を楽しんでもらうために、適切な作業場所・内容を選んだり、登山道整備を一般市民でも参加できるツアーにしたりなど様々な工夫がされている。興味を持ちやすい内容から、参加の間口を広げ、ステップアップしていく仕組みづくりと、活動者への支援が必要だろう。

活動の障害になりうることを、取り除くことも必要である。作業や集会、研修などを行う曜日や時間帯についての配慮や、団体の運営の負担を軽減するため、行政による活動運営の支援が望まれる。さらに、経験の少ない参加者に対しては、知識・技術や体力に関する不安を取り除くため、自然体験活動や研修の実施、わかりやすいマニュアルの作成などの取り組みが有効だと考えられる。

ボランティアの活動を支援するためには様々なアプローチが必要であり、小規模な団体が単独で対処するのは困難である。アディロンダック山岳会のような、収入基盤や専従職員を持つ組織が、行政や他の団体と連携を取りながら活動をコーディネートするのが理想的である。現場の運営には、ボランティアの野外での体験に対するニーズを聞き取り、登山道の維持管理に専門に関わるコーディネーターや、ボランティアの手ではしづらい作業を担うスタッフの協力が欠かせない。アディロンダック山岳会のように中心的な役割を担う民間組織が存在しない場合でも、関係機関や地域の市民団体間で調整・連携をうまく図り、同様の機能を確保する仕組みを構築する必要がある。

さらに、これらの登山者参加の仕組みを促進するには、管理者である行政機関との公平な役割分担、意見交換が欠かせない。登山者への押しつけにならないように、登山者が整備した場合の責任の所在、予算や人材育成なども含めて、検討すべき課題は多い。

※本記事は『これでいいのか登山道 現状と課題』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『これでいいのか登山道 現状と課題』

日本の登山道が抱える現状をいくつもの側面から捉え、 今後のとるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といったかたちで具体化できないかを、 山岳・自然に関するさまざまな分野の有志が集まり考え、提言する一冊です。


『これでいいのか登山道 現状と課題』
著: 登山道法研究会
発売日:2021年12月18日
価格:1100円(税込)

amazonで購入


登山道法研究会
日本の登山道が抱える現状を多角的にとらえ、今後のあるべき方策を検討し、最終的に「登山道法」といった形で具体化できないかについて、この課題に関心を持つさまざまな分野の有志が集まり調査や研究を続けている。2018年秋より勉強会を始め、2019年9月に研究会として設立。

Yamakei Online Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

編集部おすすめ記事