文化の源である自然環境を守る『これでいいのか登山道 現状と課題』

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評者=岡崎哲三

これでいいのか登山道 現状と課題

著:登山道法研究会
発行:山と溪谷社​
価格:1100円(税込)

 

荒廃した登山道を整備したい!と始めようとすると、いくつもの大きなハードルがあって進まない。日本各地の国立公園で起きている困った現象。本書にはその理由が書かれています。

経済活動を伴うインフラとしての道路と違い、もともと山岳信仰や猟師の道として利用されてきた登山道は、管理のための法律がとてもあいまいです。読んでいくと、そのぽっかりと空いた法律の隙間に愕然とするほど。

編者である登山道法研究会では、各地の管理事例や事故対応、山岳文化などを、錚々たる方々が掘り下げて紹介しています。

国立公園の所有者と登山道の管理者は違う? 国立公園なのに管理者がいない道もある? 勝手に直すのは犯罪? 事故が起きたら誰のせい? もしこれが国道であればこういう疑問は少ないけれど、登山道には答えが出ない部分がたくさんあります。年間数百万人が利用する登山道が抱える課題に、光を当ててくれる人たちがようやく出てきたように感じます。ですがこれは、それほどまでに国立公園の自然環境が改善できない状態であるということ。山岳地域の現状は、もはや利用や侵食によって起きる荒廃に保全の量が追いつかず「悪くなるのを少し遅くするだけ」の管理になっています。

本書には日本各地で道を直している方々が紹介されています。故郷の山が崩れていくのを見るに見かねて手間を惜しまず行動をしている多くの方々。しかし、それでも山岳管理問題の根本は変えられない状態です。眼前の登山道の崩れを止めたいだけなのに、国立公園の制度や縦割り行政の弊害、登山者の責任意識、さらには日本の山岳文化や国民性、歴史や教育の問題まで考えなければならないほどの根の深さに呆然としてしまう日々。

ではどうすればよいのか。解決のためには山岳関係者だけの議論ではなく、自然環境の問題を国民の課題としてとらえ、自然は人にとってどれだけ価値があるかを再認識しなければなりません。文化や地域性というものは、その土地の自然環境から生まれるものです。日本には常夏の亜熱帯から凍土が広がる高山帯まで、多種多様なすばらしい自然環境があり、さまざまな文化があります。登山道という自然と人とを結び付けてくれる大事な場所を守るためのシステムが機能していないことは、日本にとって大きな損失だと思います。

自然環境が少なくなっても生きていくことはできるでしょうが、どれほど殺伐とした世の中になるでしょうか。文化とは、自然とは、思っている以上に人間にとって必要なものなのだと感じます。今それを守るために「これでいいのか」という問いかけは、登山者だけでなく登山をしない多くの方々にも届いてほしいと願います。また、登山者にも、自然に触れるという体験に、実は大きな価値があることを再認識してもらいたいと願います。

日本各地で登山道整備に関わる方々と交流して感じる変化があります。課題が共有され多くの人の意識に変化が起きた時、今までのような「登山者の利便のための管理」から「自然環境を維持するための管理」へと変化が起きます。そうなった時、山は「見て歩く楽しみ」だけでなく「守り育むこと」も大きな楽しみとなります。海外のボランティア制度の事例紹介では、山を愛する多くの登山者が楽しみながら環境保全の一翼を担っている国立公園もあり、希望が見える事例と言えます。

これだけの課題を突き付けられている日本の国立公園はこれからが始まりです。物事がよい方向に進むとき、最初にすべきは「課題の共有」です。そのきっかけとなる本だと思います。

 

評者=岡崎哲三

1975年、札幌生まれ。大雪山黒岳石室、大雪山高原温泉ヒグマ情報センター勤務を経て、2011年に近自然工法を探究する合同会社北海道山岳整備を設立。18年、山岳保全団体として一般社団法人 大雪山・山守隊を設立し代表を務める。日本各地で登山道整備、技術指導を行なう。 ​​​

山と溪谷2022年2月号より転載)

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