プラスチック問題とは? いまこそ見直す「影響」「原因」「課題」の最前線

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ウェアの生地やバックパックのパーツなど、プラスチック(化学繊維)は登山用品に欠かせない素材です。その一方では、環境意識の高まりとともに、自然に悪影響を及ぼすプラスチック問題がさまざまな分野で取り沙汰されています。プラスチック問題とは何なのか。具体的な影響と、その原因、今後の課題について、『脱プラスチックへの挑戦』(山と溪谷社)の著者である堅達京子さんに話を伺いました。

取材・文=吉澤英晃

 

プラスチックの何が問題になっているのか

――まず最初に、プラスチック問題の内容を整理したいと思います。いま懸念されている環境への影響について教えてください。

日本では2015年に鼻にストローが突き刺さって涙を流しているウミガメの映像が拡散した背景もあって、海洋プラスチックごみが生態系に与える影響が大きく注目されています。

プラスチックは分解されず自然界に残り続ける物質なので、5ミリ以下の「マイクロプラスチック」と呼ばれる破片になっても海の中を漂い続け、生態系の食物連鎖の中に入り込み、海洋生物をはじめとする多くの生き物に悪い影響を与えることが懸念されています。

さらに、最近ではマイクロプラスチックよりもさらに小さい、「ナノプラスチック(※)」の問題も指摘されています。ここまで細かくなると、人体に吸収されたときに胎盤なども通り抜けてしまうリスクがあり、海や陸の生き物だけでなく、人間にも悪影響を与えてしまうかもしれない。これがいま科学者たちが懸念している大きな問題です。

※一般的に、大きさが1000分の1ミリメートル以下のプラスチック片をナノプラスチックと呼ぶ

一方、いま欧米を中心として懸念が高まっているのが、プラスチックが地球の温暖化を加速させている問題です。そもそもプラスチックは化石燃料から作られるため、製造、運搬、そして廃棄するときにもCO2が排出されます。つまり、私たちはプラスチックを使い続けることで、地球温暖化を後押ししているわけです。

そこで、化石燃料から作られるプラスチックの使用量をリサイクルなどで減らすことで、従来からある社会システムを、循環型社会に変えていく政策が進められています。経済の流れをいわゆるサーキュラーエコノミー(循環型経済)に転換することで、CO2の発生を減らし、気候変動の抑止につなげようとしているのです。

生態系を守ることと、気候変動を食い止めること。プラスチック問題は、この2点に大きく関わるとても重要な問題です。

 

――以前、化石燃料から作られるプラスチックを使い続けることで資源が枯渇する可能性(資源問題)がある、と専門書で読んだことがあります。この点についてはいかがでしょうか。

かつて資源問題が指摘されていた時代もありました。しかし、いまはこれ以上、化石燃料を使ってはいけない時代になっています。

現代の科学では、CO2の排出量に比例して地球の気温が上昇することが明らかになっています。2021年に開かれた、パリ協定(※)について話し合う国際会議(COP26)では、産業革命以前からの気温上昇を“1.5℃”に抑えることが目標として公文書に明記されました。これまで1.5℃は努力目標だったのが、努力ではなく正式な目標にしようと、国際社会が変わったのです。その1.5℃の目標を達成するために、今後排出できるCO2の上限は、すでに計算によって導き出されています。

※2015年にパリで開かれた国際会議で合意された、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み。可能な限り早期に世界の温室効果ガス(CO2など)の排出量をピークアウトさせ、21世紀の後半には温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとることなどが、世界共通の長期目標として掲げられている

現在は資源の枯渇を懸念してプラスチック問題が指摘されているわけではありません。レベルがまったく違うのです。

POINT
  • プラスチック問題=生態系の問題、地球温暖化の問題

 

大気にも漂うマイクロプラスチック。身近な発生源と人体への影響

――マイクロプラスチック(ナノプラスチック)について、発生源や影響についても具体的に教えてください。

マイクロプラスチックは、私たちが普段使っているレジ袋や洗剤の容器、発泡スチロールなど、さまざまなタイプのプラスチックから発生します。さらに、着ている衣服が化学繊維で作られている場合、洗濯をすると、その繊維からもマイクロプラスチックが流出します。これは最近アパレル業界で指摘されている問題です(※)。

※アウトドア業界でもフリースなどから抜け落ちる繊維片が問題視されており、フリース素材の最大手ポーラテック社は、マイクロプラスチックが流出しづらい素材「ポーラテック・パワーエア」を開発。アウトドアメーカーのパタゴニアは、マイクロプラスチックの流出を防ぐ洗濯ネットを販売している

そして、私たちの生活から流出したマイクロプラスチックは、下水から海へ流れ着き、まず海の生態系に悪影響を及ぼします。

そこでは、魚の餌になるようなプランクトンがマイクロプラスチックを食べていることが分かっており、餌と間違えてマイクロプラスチックを食べた生物が栄養を取れなくなったすえ、死んでしまうという被害が発生しています。

マイクロプラスチックを介した有害化学物質は食物連鎖のなかで濃縮されていくことも分かっていて、最終的に、こうした濃縮されたマイクロプラスチックを私たち人間が食べるわけです。実際、東京湾で獲れる二枚貝やカタクチイワシなどからもマイクロプラスチックは発見されています。

人体への影響はまだ報告されておらず、現状では口にしたマイクロプラスチックは体外へ排出されるだけで済むと考えられています。しかし、人体にも影響が現れるであろうマイクロプラスチックの海中の濃度も研究されていて、ここ数十年のうちにその濃度に達してしまうのではないかと懸念されています。

2050年には海を漂うプラスチックの総重量が魚の総重量を越えるともいわれており、危険な状況は目前まで迫っているのです。

 

 

――マイクロプラスチックは“人体にも影響を及ぼしかねない海洋汚染の問題”という認識で正しいでしょうか?

残念なことに、マイクロプラスチックは大気中にも含まれていることが分かっています。実際に検出された場所は、国内では九州のくじゅう連山、世界ではフランスとスペインの国境にまたがるピレネー山脈など。人が住んでいない南極でも検出されています。

「山の空気は気持ちがいい」と話しているところに、実はもうすでにマイクロプラスチックが漂っている。すごく綺麗な樹氷の森の、その樹氷の中からもマイクロプラスチックが検出されている。マイクロプラスチックは目に見えないだけで、私たちが楽しんでいる自然の中にすでに忍び込んできていることを理解する必要があるでしょう。

 

――マイクロプラスチックによる人体への影響について、現時点で分かっていることがあれば教えてください。

人体への影響は、2020年に出版した『脱プラスチックへの挑戦』(山と溪谷社)の中でも触れました。その時点では、人間への影響は“まだ分からない”とういう感じでした。“分からないけど、影響があるかもしれないから、防ぐ準備をしましょう”というニュアンスだったんです。しかし、それがたった2年のうちに、“このままマイクロプラスチックが増え続ければ確実に人体に影響がある”ということが研究成果で分かってきています。

そのひとつが、マイクロプラスチックが毒性の高い化学物質の運び屋になって、人の体内に入り込んで影響を及ぼすというものです。これは、マイクロプラスチックが持つ、海中に漂う化学物質を引き寄せて吸着するという特質に由来します。

もうひとつ指摘されているのは、プラスチックそのものに含まれている添加物による影響です。プラスチックには、製造過程で加工を容易にする目的でさまざまな薬剤が加えられます。普段、口に触れるだけなら問題はないのですが、小さくなったマイクロプラスチックを食べることで、その添加物を摂取することになるのです。添加物は環境ホルモンの一種なので、人体に影響を及ぼすことが新たに分かってきています。

ほかにも、これまでは体外に排出されると考えられていたマイクロプラスチックが、実は体内に蓄積されるという研究結果もあるし、冒頭で述べたように、胎盤を通り抜けて胎児に影響が及ぶことも否定できないといわれています。そういった新しい研究が、ここ1年ぐらいで大量に発表されているのです。

POINT
  • マイクロプラスチックは、ありとあらゆるプラスチック製品から発生する
  • マイクロプラスチックは、海だけでなく空気中にも含まれている
  • マイクロプラスチックが増え続けると、人体にも影響が出る

 

プラスチック問題の解決のために、いま私たちにできること

――プラスチック問題を解決するにあたり、私たちはどんなアクションができるのでしょう?

たとえば洋服を選ぶとき、製品の素材がどこから来て、どういう作り方をしているのか、消費者側がチェックして考える時代に入っていると思います。

デザインや値段だけで購入を決めるのではなく、製造過程でどれくらい環境に負荷を与えているのか、あるいは負荷を減らそうと努力している服なのかを考えてみる。まずはこういった視点を持てるといいでしょう。

修理して使い続けることもいま非常に注目されています。ほころんでくたびれただけで捨てるのではなく、大事に修理しながら使い続ける。そういったモノとの付き合い方も大切です。

 

――先ほど話に出てきた堅達さんの著書の中に、消費者側の「リテラシー」に言及する記述があります。たとえば最近話題のエコバックなどは、プラスチック製レジ袋の消費量削減に効果があると思いつつ、その裏でエコバックの製造が急増すれば、本末転倒、ともすれば逆効果になるとも感じています。エコをうたう商品や企業が増えて目立つようになったいま、見せかけではない本気で環境に配慮した商品や企業を見分けるポイントはあるでしょうか?

おっしゃる通りで、消費者側がリテラシーをもって商品や企業を見極めないといけません。そのためには、ライフサイクルアセスメント(以下、LCA※)を知ることが大事になります。

※LCA(Life Cycle Assessment):資源の採取から原料生産、製造に始まり、消費されて処理・処分されるまでの間で、どれだけ環境に負荷を与えているかを数値化したもの。近い言葉に「エコロジカル・フットプリント」「カーボン・フットプリント」などがある

しかし、残念ながら国内ではLCAの見える化が進んでいないため、まずは消費者側が自発的に勉強して関心を持つことが必要です。たとえば、買い物をする前にA社とB社のHPを見比べて、どちらが正直に環境問題に対して向き合っているのか調べてみる。エビデンスに基づくデータを公表している企業の方が、私は誠実だと思います。

アウトドアメーカーでいうと、環境を守ることを企業理念に掲げているパタゴニア(※)は、そのトップランナーといえるでしょう。海外には環境団体と協力し、回収した海中のプラスチックごみから製品を作るシューズメーカーなどもあります。

※パタゴニアは2018年12月に企業理念を一新。「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」を掲げている

製品をひとつとってみても、使う素材が複雑になるとリサイクルしにくくなるため、できるだけ単一の素材で作るとか、リユースしやすいようにあえてロゴマークを目立たなくさせるとか、最初から再利用しやすいように設計されている商品が作られ始めています。こういった考え方は冒頭で触れた循環型経済がもたらす良い影響のひとつです。

見極めに徹するだけではなく、企業側に情報開示を求めて、企業の姿勢そのものを変える考え方もあります。消費者一人ひとりが声を上げれば、大企業であればあるほど無視できなくなるし、結果的に環境負荷を意識しない企業は淘汰されることにつながるでしょう。

POINT
  • 製品を選ぶとき、環境への配慮についても考えてみる
  • 大切な道具を修理しながら使い続けることも大切
  • 消費者側が積極的に環境意識を高めて、商品と企業を見極める必要がある

 

プラスチック問題=私たちの暮らしと命の問題

――最後に、いま地球上で起きている環境問題についてどのように感じているか、率直な意見を聞かせてください。

何も変わらずこのまま地球温暖化が進めば、世界中どこの地域でも冬のオリンピックが開けなくなり、ヨーロッパアルプスの氷河は間違いなく溶けきってしまうともいわれています。しかし、問題はそれだけにとどまりません。

雪が降らなくなれば、それは水がなくなることにもつながります。たとえば近い将来、ヒマラヤの麓では飲み水がなくなる時代がくるかもしれない。これは、決して遠い未来の話ではありません。

いま私がいちばんショックを受けているのは、簡単には溶けないといわれていた南極にある「スウェイツ氷河」が、最近になって今後5年以内に崩壊する可能性があることが、2021年12月に科学者たちによって指摘されたことです。この氷河が崩れると、世界中の海面が60cmも上昇すると予想されています。

科学者たちは5年以内と簡単に言いますが、明るい未来を思い描いている数年の間に、取り返しのつかない大きな変化が地球上に起きるかもしれないのです。

プラスチック問題は地球温暖化と密接に結びつき、私たちの暮らしと命ともつながる問題です。

地球が、いくら頑張っても後戻りできない危機的状況に向かうのか、今ここで悪い方向へ向かうのを食い止めるのか。私たちはいま、非常に重要な分岐点に立っていると思っています。

POINT
  • プラスチック問題は、暮らしと命とつながる問題でもある
  • このままいけば、5年以内に大きな環境の変化が起きるかもしれない
  • いま私たちは地球の環境を左右する重要な分岐点に立っている

 

『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』

「あなたは毎週5グラムのプラスチックを食べている。」 WWFの資料によると、年間250グラムの「マイクロプラスチック」を水や塩、海産物などから摂取しています。 生態系への多大な影響も報道されている中、EUでは「脱プラスチック」が企業・政治・市民を巻き込む大きなうねりとなっています。 企業の動きから市民としてできることまで、「脱プラスチック」についてわかりやすく解説します。


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著: 堅達京子、BS1スペシャル取材班
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【著者略歴】

堅達京子(げんだつ・きょうこ)

1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NKHスペシャル『激変する世界ビジネス”脱炭素革命”の衝撃』『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化”脱炭素”への挑戦』、BS1スペシャル『グリーンリカバリーをめざせ!ビジネス界が挑む脱炭素』はいずれも大きな反響を呼んだ。2021年8月、株式会社NKHエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。

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