これも新しい山の楽しみ方かも!? ゴミ拾いで広がる笑顔の輪
皆さんは山で落ちているゴミを拾ったことがありますか? 小さなゴミでも見かけると、少し残念な気持ちになりますよね。今回、お話を聞いたのは、静岡市で月に一度、山に登りながらゴミ拾いを行なっている「YGKO」という登山サークル。毎月の集まりが楽しみという彼らの活動を取材しました。
文=吉澤英晃 写真=後藤武久
実は気になっている人は多い? 山に落ちているゴミ問題
登山道が続く森の中に、ぽつんと落ちている小さなゴミ。飴玉の包みや濡れたティッシュペーパー、汚れたマスクなど、山の中でゴミを見かけたことはないでしょうか?
意図して捨てた訳ではないと分かっていても、美しい自然の中にひとつでもゴミが落ちていたら、せっかくの景色がもったいないですよね。
少し極端な例ですが、数年前にとある避難小屋を訪れたとき、周囲に散乱するゴミの量に唖然とした記憶があります。あまりの量の多さに何が落ちていたのか詳細には覚えていませんが、近くにある水場まで範囲を広げる酷い光景に、言葉を失ってしまいました。
山に落ちているゴミに対して、社会でどんな活動が行なわれているのか、気になってインターネットで調べてみたところ、見つけたのが今回取材した「YGKO」です。
月に一度、山に登りながらゴミを拾う「YGKO」
「YGKO」は静岡県静岡市で活動する登山サークル。月に一度山に登りながらゴミ拾いを行なっています。活動の中心は、竜爪山という静岡の市街地から見える双耳峰。静岡市民に古くから親しまれている人気の低山です。
ちなみに、「YGKO」とは「山登りしながらゴミ拾いするのって結構楽しいんじゃないかなって俺は思ったの会」の略。ゴミ拾いという言葉だけを切り取ると、参加者全員が黙々とゴミを拾っているイメージですが、“結構楽しい”とは一体どういうことでしょう。
ユニークなネーミングに興味が湧き、月に一回の活動が行なわれる4月中旬、竜爪山の登山口に向かいました。
活動回数は38回。延べ人数は233人
当日の空模様は生憎の雨。この天気でも参加者はいるのでしょうか。一抹の不安を覚えながら指示された集合場所に向かうと、YGKOの代表の朝倉拓也さんが笑顔で迎えてくれました。
朝倉さんがYGKOを立ち上げたのは2017年。東京都の最高峰雲取山を登ったとき、ゴミを拾いながら登っている登山者たちを見かけたことがきっかけといいます。
「もともと地域に対して何かしたい気持ちがありました。そのとき、自分が地元に貢献できることって何かなと考えたとき、ゴミを拾いながら山に登れば、登山は趣味の範囲だし楽しみながら続けられるかなと思ったんです」。
“楽しみながら続けられる”という当初の思惑どおり、YGKOは今年で創立6年目。活動回数は38回を数え、これまでの参加者数は233人にのぼります。しかし、最初は朝倉さん一人でゴミ拾いを行なっていたそうです。
「一人でゴミを拾っているときは恥ずかしくて、心細さもありました。でも、知り合いなどが徐々に参加してくれるようになり、それで現在の団体名を考えて、フェイスブックに公式ページを作ったんです」。
それから、多いときは10名以上も参加者が集まるようになった現在のYGKO。知り合いの紹介もあれば、フェイスブックやインスタグラムで活動を知り、興味を持ってくれる参加者も多いと言います。
「参加してくれる方は職業も年齢もバラバラです。仕事をリタイアされた方もいれば、現役の学生さんもいます。登山に興味があるんだけど、周りに山を登る人がいないから一緒に登ってくださいという初心者の方もいますね」。
シトシトと小雨が降るなか、今回集まった参加者は朝倉さんを含めて9名。さっそくYGKOの活動が始まりました。
目立つゴミは少なく、予想より綺麗だった竜爪山
「いまから歩く道は、もともと穂積神社までの参道なんです。穂積神社には弾除けの神様が祀られていて、戦時中はこの道に兵士の行列ができたそうです」。
穂積神社とは、竜爪山旧道登山口と山頂の中間地点に建つ地元の神社。細い登山道に一列になり、まずはこちらの神社をめざします。しかし、しばらく足元を気にしていても、目立つゴミはありません。
「実は登山道に落ちているゴミはそれほど多くありません。よくゴミが落ちているのは、休憩ポイントや山頂など人が多く集まる場所です」。
そこで、気になっていた質問を朝倉さんに聞いてみました。月に一回、ゴミ拾いの活動を続けていても、毎回ゴミは落ちているのでしょうか。
「残念ですが、いつもゴミは落ちています。この前は誰が捨てたか分かりませんが、山頂に家庭用の消臭ポットが落ちていました。ただ、新しいゴミもありますが、何かの拍子で土から出てきた古い空き缶などを拾うことも多いですね」。
事実、登山口から少し進んだ道の脇には、朽ちた缶ゴミが散乱しているポイントが。こういった先人たちが落としていったゴミも、これから集中して拾う予定があると言います。
始めたきっかけは知り合いの紹介や山への奉仕の気持ちなど
登山道を歩きながら、近くにいた参加者の方々に、YGKOに参加したきっかけを聞いてみました。
「私は1年半前から活動に参加するようになり、今回が10回目です。初めは友達の紹介でYGKOを知りました」。こう話すのはヒゲを生やした大柄の男性。ほかの参加者から「ワタルさん」と呼ばれており、職業は看護師と言います。
薬剤師という男性は今日が初めての参加。竜爪山に登るのは2回目だそうです。「今年社会人2年目で、何か趣味のサークルに入ろうかなと考えていたとき、会社の上司からYGKOを教えてもらったんです。もともと自転車で旅をするなどアウトドアが好きだったので、趣味と地域貢献を両方できる点がいいなと思い、参加を決めました」。
今回が3回目の参加という男性にもきっかけを聞くと、「たまたまインスタグラムのフィードに流れてきた写真でYGKOを知りました。そのタイミングがちょうど昨年の年末で、一年の締めくくりにお世話になった山にご奉仕する気持ちで活動に参加しようと思ったんです」と話します。
他にも、女性の方々に同じ質問をしてみると、朝倉さんの幼馴染や小学校の同級生、友達の参加者に誘われてなど、きっかけはさまざま。そして、多くの方が最初は初対面でもあるのですが、歩きながらそれぞれが会話を楽しんでいる様子を見ていると、すでに旧知の仲のような空気感がありました。
たどり着いた穂積神社で、思いがけないサプライズ
出発から約1時間。穂積神社に到着後、社務所の軒先で休憩も兼ねて雨宿りをしていたとき、YGKOの和気あいあいとした雰囲気をもっとも強く感じる出来事がありました。参加者の女性がおもむろにバックパックから小さなホールケーキを取り出し、突如ハッピーバースデーの合唱が始まったのです。なんでも、さきほど話を聞いた看護師のワタルさんが、つい先日誕生日だったそう。そのお祝いにサプライズを用意していたのです。
キャンドルの火を吹き消しながら「まさか祝ってもらえると思っていなかったので、ちょっと泣きそう」とワタルさんは大喜び。ほかの方が用意してくれた温かいホットコーヒーなどもいただきながら、ささやかではありますが賑やかな誕生日会が開かれました。
先ほど山道を歩きながら今回が3回目の参加と話していた男性は、「これまでずっと一人で山に登っていたので、こうやって仲間と山に登る楽しみをYGKOに参加するようになってから初めて知りました」と微笑ましく目尻を下げます。YGKOの団体名にある、“結構楽しい”を垣間見た瞬間でした。
サプライズイベントを楽しんだあと、今回は雨ということもあり、竜爪山には登らずに穂積神社で引き返すことに。スタート地点に戻った頃には、少ないとはいえ、古い缶ゴミや割れた陶器、ビンのキャップ、なかにはゴルフボールなど、なかなかの量のゴミが集まりました。
YGKOから広がる、ゴミへの意識と笑顔の輪
活動終了後、メンバーがいつも立ち寄るという、竜爪山の麓にある古民家カフェに場所を移動。木のぬくもりを感じるテーブル席に着き、代表の朝倉さんに、改めてYGKOの活動を続けるうえで心がけていることなどについて話を聞きました。
「ゴミを拾いながら山に登るのはそこそこ大変なので、登山初心者の方も無理のないペースで歩くようにしています。それと、参加者全員がゴミ袋とゴミバサミを持たなくてもいいと思っていて、結果的に1個でも2個でもゴミを拾えれば十分。それでも来たときよりは綺麗になるじゃないですか。とにかく純粋に山を楽しんでもらいたくて、無理してゴミを拾わなくてもいいよと声をかけていますね」。
朝倉さんの言葉どおり、YGKOのゴミ拾いにはノルマがありません。外のテラス席で談笑していた参加者の方々も「唯一の決まり事は集合場所と時間くらい?」と、笑いながら教えてくれました
YGKOではゴミ拾いも大切ですが、活動のベースにあるのは、山登りを楽しもうという自然な気持ち。だからこそ、参加者には笑顔が溢れ、メンバーとの会話が弾んだり、サプライズイベントを企画したり、「楽しいから毎回参加しています」という声もおのずと聞こえてくるのです。
最後に、YGKOの今後の目標について、再び朝倉さんに聞いてみました。
「現在のスタイルを変える予定はなく、いまの活動を続けていくことが、いちばん意味のあることだと思っています。参加してくれた方からよく聞くのは、違う山に行ったとき、いままで気にならなかったゴミが気になるようになったと言ってくれるんです。それってすごい大切じゃないですか。YGKOの活動に参加してそういう人が一人でも増えれば、山はもっと綺麗になると思います」。
年齢や職業などが異なるさまざまな人が集まり、ゴミを拾いながら楽しく山を登る。今回の取材では、山を楽しむ新しい登山のコミュニティーの形を見たような気がしました。
そして、「無理してゴミを拾う必要はないですが、もし一個でもゴミを拾ったら、それだけで山は綺麗になる」という朝倉さんの言葉が、いまでも深く胸に響いています。
一人ひとりの意識が変わることで、近い未来、日本の山からゴミがなくなる日が来るかもしれません。
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