カモシカ、ノウサギ、キツネ…生き物が暮らす雪山を「探検」する|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第26回は、動物が駆け回る雪山の「探検」の話。

文・写真=星野秀樹

 

 

神奈川県に住んでいた子供の頃、ごくたまに大雪に見舞われることがあった。
丘陵地にあった自宅の裏はクヌギやコナラなどの雑木が茂る自然公園になっていて、大雪の後には散策路が埋まるほどの「雪山」に様変わりした。そんな道なき「雪山」を、親父のコートと長靴を履いて「探検」して回ることに、えも言われぬ喜びと興奮を感じたのを今でもよく覚えている。
雪に覆われた裏山はいつもの見知った場所ではなく、雪をたどって歩く雑木林は自由な彷徨を可能にする。まるで自分がいっぱしの登山家や探検家にでもなったかのような気分で、なんの変哲もない住宅地の裏山を、あてもなく1人で歩き回るのが楽しくて仕方がなかったのだ。

除雪や止まぬ雪のプレッシャーに怯えながら過ごす冬の日々は、時に情けない弱音を吐く日々でもある。でも季節が進み、春の気配を感じ出すと、耐え抜いた冬のご褒美としてたっぷりの雪を楽しむことができる。子供の頃に住宅地のすぐ裏山で感じたワクワク感同様に、今、家のすぐ裏から始まる雪尾根に「探検家」としての本能が疼きだすのだ。
玄関でスキーブーツを履き、板を担いで雪壁にかけたハシゴを登る。すぐに始まる雪尾根は杉林からシラカバの疎林を経て、点在するブナをたどるように信越県境へと続く。そのまま尾根をたどってもいいし、雪原となった農耕地を横切って行くのもいい。どこを探検しようか、自由自在だ。広大な雪荒野の向こうには、馬蹄状に尾根を伸ばす鍋倉山がそびえている。

 

 

急にブナの根本から白い玉のようなものが転がり出して、そのまますごいスピードで跳ねていく。一目散に走り去っていくノウサギ。あれあれ、そんなに慌てなくてもいいのに。雪面には縦横無尽に足跡が残されていて、あんなふうに自由に移動ができればいいのにな、とその卓越した脚力が羨ましくなる。
新鮮なカモシカの足跡。きっと近くにいるに違いない。足跡の向かった方向を目で追うと、いつからこちらに気づいていたのだろう、手前の木に半身を隠すようにして立つ足跡の主が、じっとこちらの様子を伺っていた。
はるか足元の台地にも黒い点。よくよく目をこらすと、やはりこちらもカモシカだ。ブナの冬芽を食べているのだろうか、広大な風景の中を、ゆうゆうと歩き回る大型のケモノは遠目にも迫力がある。ヤブの季節には姿が隠れてしまい、あまり出会うことがないけれど、こんな身近に、こんな生き物が暮らしているのかと実感できて嬉しくなる。
雪原の向こうにはウチの犬そっくりなケモノが見え隠れしている。柴犬のような体色、太い尻尾。時折こちらの様子を伺って、また小走りに移動していく。キツネだ。道路脇や集落内で姿を見ることもあるけれど、やはり裏山で出会う方が何故だか随分カッコよく見えるから不思議だ。

足跡や食痕をたどり、時に実際にケモノと出会いつつ、自由気ままに雪に覆われたヤブ尾根をいく。
こんなことを言うと照れ臭いけれど、実は僕は、ずっと探検家に憧れていた。なにを子供みたいなことを、と笑われそうだけれど、しかし今なおそんな気持ちが、僕を雪の山野へ向かわせる。いや、雪の季節だけではない。ヤブを漕ぎ、沢をたどり、湿地を踏んで岩を掴み、そうして雪を伝い、五感と好奇心の命じるままに自由自在に山野を彷徨いたいと思うのだ。
ヤドリギに集まったヒレンジャク、乾いたドラミングの音を響かせるアカゲラ。上空を舞うクマタカ、梢に佇むノスリ。もうまもなく森からは、オオタカの鳴き声が聞こえてくるはずだ。
子供時代に知ってしまった「探検ごっこ」の楽しさ。僕は今もそれを、止められずにいる。

 

 

●次回は4月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

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