屋久島の大決戦!『屋久島トワイライト』【書評】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

評者=田中康弘(カメラマン、ノンフィクション作家)

屋久島トワイライト

著:樋口明雄
発行:山と溪谷社
価格:1540円(税込)

 

屋久島で繰り広げられる一大活劇に往年の東宝特撮のタイトルを思い浮かべてしまった。舞台は洋上のアルプスと呼称される屋久島である。島でありながら人を寄せ付けぬ深山の存在、そこには妖しのモノ達が潜んでいるのだ。人に正邪があるように妖しのモノにも正邪がある。長年、正邪の均衡を保っていた屋久島だったが〝邪神〟山姫がついに動き出す。強大な力を得るために二人の女性に目を付けた山姫は容赦ない攻撃を仕掛けてくる。屈強な山岳ガイドや島の巫女達は山姫の野望を打ち砕くことができるのか?

アクションやオカルトのエンタメ要素がたっぷりと盛り込まれ、ぐいぐいと話は進んでいく。スティーブン・キングやスピルバーグ作品並みの仕掛けや見せ場の数々を堪能しつつ、これは一体どうなってしまうんだろうと最後まで気が抜けない。作者自身が怪異に詳しく、なおかつ山歩きのベテランなのだからどのページにもぎっしりと本物が詰まっているのだ。

屋久島は一つの生命体のようにぽっかりと洋上に浮かんでいる。そこが舞台ということはある意味逃げ場がない。

丹念な取材に基づく屋久島の描写は緻密である。特に咲き乱れる花々やどっしりと構えた古木から発する生命力には圧倒される。しかしそれは島の暗黒部と表裏一体であり光が強いほど闇もまた深くなる、そんな予感を抱かせつつ描かれているから怖いのだ。

登場人物についてあまり書くと興ざめなので控えようと思ったが駄目だ。この人だけは言いたい、書きたい衝動を抑えられない。それは森の仙人、〝ひとりでも仙人〟と座布団没収級のダジャレをかます小さな爺さんが秀逸! 古物の掛け軸に描かれる、いかにも仙人のような風貌。しかしスマホやパソコンを所有、グーグルを駆使して情報にも明るいすっとぼけた爺さんなのである。愛すべきゆるキャラ的存在だが、なんとこの爺さんは……いやここまでにしておこう。

個人的には山岳ガイドの狩野が背負うザックが気になる。125ℓという巨大な入れ物に満載のグッズを一つ一つ並べてみたい。テントやタープ、ナイフといった必需品から最新のドローンまで、アウトドアグッズ好きにはたまらないだろうなあ。

ちなみに狩野は単なるガイドではなく山岳シェフでもある。ザックの中には種々の食材もどっさりでコース料理も現場で堪能できるから驚く。もちろん酒もたっぷり用意されている(これは大事!)。時には50㎏を優に超える巨大ザックを担いで歩くその体力が羨ましい。

私は山の不思議な話を各地で集めているが屋久島はまだ未収集。しかし聞くところによるとかなりの怪異があふれる島らしい。それが本書にはちらりと顔を出しているのだ。一体どこなのかは読んでみてのお楽しみ。

 

評者=田中康弘

たなか・やすひろ/1959年生まれ。カメラマン、ノンフィクション作家。著書に『山怪 山人が語る不思議な話』『山怪 弐』『山怪 参』『鍛冶屋 炎の仕事人』(いずれも山と溪谷社)など多数。 ​​​

山と溪谷2022年9月号より転載)

登る前にも後にも読みたい「山の本」

山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。

編集部おすすめ記事