重大事故が多発! 日本アルプスならではの危険とは?

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日本アルプスの山々は毎年多くの登山者を受け入れ、さまざまな感動や充実感を与えてくれる。しかしその一方で、山岳遭難が後を絶たないという現実もある。標高の高さ、気象の厳しさ、地形の険しさなど、アルプスらしさを形作るさまざまな自然要因は、大きな魅力である反面、時に、登山者にとってはリスクにもなる。今回はアルプスの登山で考えられる危険とその対処方法を考えてみよう。

写真・文=小林千穂

ヘリコプターで遭難者の救助へ向かう富山県警察山岳警備隊
ヘリコプターで遭難者の救助へ向かう富山県警察山岳警備隊

転倒・滑落、道迷いは大事故になりやすい

まずは、アルプスでの遭難原因の上位である転倒・滑落の危険性から。大規模な岩壁や岩稜帯、ガレ場を有する日本アルプスの山では、転倒・滑落が致命的な事故につながってしまう。剱(つるぎ)岳や穂高(ほたか)岳など上級者向きの山はもちろんだが、アルプス初心者向きとされる燕(つばくろ)岳や立山(たてやま、雄山〈おやま〉)、唐松(からまつ)岳なども、ポイント的に岩場やガレ場の通過がある。場所によっては、たった一歩バランスを崩しただけでも大ケガにつながるので、集中力を切らさないようにしたい。また、日ごろからアルプス登山を想定した山登りをして、足元の不安定な登山道に慣れておこう。

登山者が多いアルプスの人気コースは、道標が整備され、登山道もはっきりしているところが大部分で、里山のようにコンパスを使ったナビゲーションが必要となるコースは少ない。でも注意を怠ってルートを外れると、進退窮まるような険しい場所に踏み入ったり、捜索が困難な深い樹林帯、深い谷に入ってしまったりすることも。こまめに地図を見て、現在地や進むべきルートを確認するという基本をいつも以上に大切にしよう。

槍ヶ岳山頂直下の岩場
槍ヶ岳山頂直下の岩場。自分の技術や体力に合わせた山選びも大切

山で多い体調不良・高山病と熱中症

登山の体調不良といえば、多くの人がイメージするのが高山病だろう。高山病は、急激に標高を上げることで、酸素の薄い環境に体が適応できずに頭痛や吐き気、だるさ、眠気などを発症する。重症化すると命に関わる状態になることも。標高が高くなるにつれて気圧が下がって酸素が薄くなるので、標高が上がれば上がるほど酸素が薄くなって高山病のリスクが増す。

高山病の多くは標高2500m以上で発症するといわれるが、低酸素への適応力は個人差が大きく、体質やその日の体調によっては標高2000mでも症状が出ることがある。つまり、日本アルプスでは、どの山でも高山病になる可能性があるということだ。高山病を防ぐには、なるべくゆっくりと標高を上げることがポイント。大きく呼吸することを意識し、息が上がらないペースで歩くように心がけよう。

高山病で特に注意したいのが、標高の高いところまで乗り物で入れる中央アルプスの千畳敷(2610m)や北アルプスの室堂(2450m)から歩き始めるとき。登山のスタート地点が、すでに高山病を発症してもおかしくない標高である。到着してすぐにハイペースで登ると、体内の酸素がより不足して、高山病になりやすい。到着後、できれば一時間ほどは周辺をゆっくりと散策するなどして体を慣らし、その後に登り始めるときも意識的にゆっくり歩くといいだろう。

そして、高山病とともに気をつけたいのは熱中症だ。近年、森林限界より下部で熱中症が原因と思われる体調不良で救助を要請する人が増えている。熱中症は、各自が注意すれば防げる。水分補給やエネルギー補給を積極的にして、熱中症を予防しよう。

また、遠い地域からアルプスの山をめざす人は、夜間に車やバスで移動し、寝不足のまま登山を開始することもあるだろう。しかし、寝不足や疲労は、体調不良のリスクを高めるので、無理な計画は控えたい。

天候の急変に備える

高い山は近くで急激に雲が発達し、天候が変わりやすい。雨だけでも足元が滑りやすくなる、視界がわるくなる、登山道の崩壊、沢の増水などさまざまな危険要素があるが、さらに恐いのが雷だ。過去には落雷による悲惨な事故も起きている。特に森林限界上は隠れる場所が少ないので注意が必要だ。落雷の可能性がある時は稜線上にいないようにしよう。

雲の様子を常に確認し、積乱雲が急発達している、黒い雲が見える、急に冷たい風が吹いてきたなど、天候悪化の兆候を早めに察知して、山小屋などの安全な場所に避難するようにしたい。

もう一つ知っておきたいのは、風に吹かれるとさらに体感温度が低下すること。風速1mの風に当たると、体感温度が1℃下がるといわれている。例えば夏の3000m稜線で気温が15℃でも、10mの風が吹いていれば、体感温度は5℃。これは冷蔵庫の中の温度と同程度で、防寒対策を怠ったり、汗や雨で体が濡れていれば、たちまち低体温症になってしまう。強風時も行動しないのが基本だ。

雲の様子をよく観察し、天候の変化を早めに察知しよう
雲の様子をよく観察し、天候の変化を早めに察知しよう

ウェブを利用した登山届がおすすめ

日本アルプスに限ったことではないが、遭難対策のために登山届を必ず提出しよう。最近は紙による提出よりも、「コンパス」などウェブによる電子届が主流になっている。ウェブ上で記入・送信した方が、紙の届けをポストに入れるよりも簡単で便利だ。

そして電子届は、救助要請の際にもメリットが大きい。それは、ウェブ上の届の方が、紙を見るよりも検索性が高いから。捜索・救助する側も短時間でさまざまな情報を得られ、初動までの時間を短縮できる。ちなみに、アルプスの山でレスキューを担う各自治体、警察は「コンパス」と連携をしていて、救助要請があったときには情報を閲覧できる協定を結んでいる。インターネットが使えるならば、電子届がおすすめだ。

コンパスHP
インターネットから登山届を提出すると便利(コンパスHPより)

アルプス登山では日程が決まっていることが多く、天候の条件がわるかったり、体調がすぐれないときでも登山を決行してしまいがちだ。計画をする時点からさまざまなリスクを想定し「ここで風が強かったら引き返そう」「疲れているようなら、こちらの短いルートで下山しよう」など、あらかじめ選択肢をたくさん用意しておくようにしたい。事前の下調べや準備をしっかりし、日程と心に余裕をもつことが最大の遭難対策になる。

プロフィール

小林 千穂(こばやし ちほ)

山岳ライター。山好きの父の影響で子どものころに山登りをはじめ、里山歩きから雪山、海外遠征まで幅広く登山を楽しむ。山小屋従業員、山岳写真家のアシスタントを経て、フリーのライター・編集者として活動している。著者に『DVD登山ガイド穂高』(山と溪谷社)、『失敗しない山登り』(講談社)などがある。日本山岳ガイド協会認定、登山ガイド。

日本アルプスに挑戦!

日本アルプスの山に登ることをめざし、基本情報を紹介。さあ、日本アルプスの世界へようこそ!

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