晩秋・初冬の登山の落とし穴。山岳遭難の事例を振り返る

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紅葉の季節が終わり、本格的な雪山登山シーズンを迎えるまでの短い間、山は静けさを取り戻す。しかし、そうした季節の狭間の山でも遭難が相次いでいる。この季節の登山でどんな事故が起きているのか、過去事例を振り返りながら事故の回避策を考えてみよう。

文=野村 仁

晩秋以降の山は落ち葉で登山道がわかりにくいことも
(写真=加戸昭太郎)

 

秋が深まり、低山でも遭難が増加

晩秋から初冬の山は、一年間でも登山者が比較的少ない時期のため、遭難発生数も少ないのが通例です。しかし、今年に限っては、山へ行きたいという登山者の意識が強いもようで、さまざまなタイプの遭難が発生し続けています。注意喚起の意味をこめて、昨年の事例から安全登山のヒントを考えていきたいと思います。

 

事例1 西丹沢・鳥ノ胸山 道迷い(無事救出)

12月4日(土)、山梨県道志村の鳥ノ胸山で、登山者3人(男性46歳・16歳、女性52歳)が下山中に道に迷い、暗くなって自力下山できなくなったと、16時40分ごろ110番通報しました。山梨県警大月署の山岳救助隊が救助しました。3人はこの日正午ごろ、「道の駅どうし」から登山開始したということです。

鳥ノ胸山の事故発生地点

[解説]
鳥ノ胸山は、山梨県道志村から登れる手ごろな山の一つです。国道413号の「道の駅どうし」から登り2時間弱、下り1時間30分ほどで往復できます。この3人は正午ごろ登り始めていますが、出発が遅かったと誰もが考えると思います。道に迷ったときに、出発が遅かったために時間切れとなり、救助要請することになりました。

ヤマレコの「遭難発生マップ」には3人が救助された場所が示されています。下山時にルートを外れて鳥ノ胸山の北尾根に入ってしまい、そのまま下り続けて、880.4mピーク手前で山道に出て西側の沢に下り、標高750m付近で暗くなり動けなくなったと推定されます。沢が道志村方向に開けていたために、電話が通じたのは幸運でした。 あと20~30分歩き続けられたなら、遭難ではなく自力下山できたかもしれません。山での遭難防止のために、「早出早着き」の行動をとることはとても重要です。

 

事例2 九州・祖母山 滑落/低体温症(死亡)

12月5日(日)、祖母山に単独で登った男性(43歳)が下山せず、同日夜に家族が警察に届け出ました。男性は熊本市内の自宅を5時ごろ出発して、竹田市側の登山口から入山しました。家族と位置情報を共有できるアプリを利用していましたが、14時50分ごろ、位置情報が山中で消えたということです。6日7時40分ごろ、五合目付近の崖の下に男性が倒れているのを、捜索していた熊本県防災ヘリが発見しました。約20m上から滑落したとみられ、搬送先の病院で死亡が確認されました。

[解説]
事故発生地点は、登山口から歩いて約2時間30分のところと報道されています。一合目駐車場から登山開始時刻を8時ごろと仮定すると、事故発生は11時ごろと推定できます。事故発生後約4時間、アプリは位置情報を送り続けたことになります。何らかの理由で(おそらく電源が切れて)送信は途絶えました。遭難者本人は滑落のダメージのために、電話連絡ができなかったのでしょう。死因は低体温症と発表され、滑落が致命傷ではなかったと判断されました。もっと気温の高い季節だったら別の展開があったかもしれません。

 

事例3 山梨県身延町の山中 滑落(死亡)

12月13日(月)、山梨県身延町にある「樋之上のタカオモミジ」を見るために知人らと入山していた女性(81歳)が、急斜面から滑落しました。通報を受けた警察が捜索したところ、14日に現場から約50m下の沢で女性の遺体を発見しました。この樹齢数百年といわれる巨樹は、山梨県の天然記念物に指定されていて、垈集落の南東約1.5kmの山中にあります。身延町では途中にガレなど危険な場所が多いため注意を呼びかけていました。

[解説]
この女性は登山者ではなさそうですが、同じような事故が登山やハイキング中によく起こっています。登山ルートであるかどうかに関係なく、日本の山は高山から低山まで、滑落すれば命にかかわるような危険箇所がひんぱんにある、ということがいえます。さらに晩秋~初冬の時期には、枯れ葉、湿った枝、登山道の凍結や霜のようなスリップを招く危険要素も加わりますので、充分な注意が必要になります。

 

事例4 船形山塊泉ヶ岳 不明(行方不明)

11月25日(木)、船形山前衛の泉ヶ岳に向かった男性(60代)が行方不明になりました。男性はこの日早朝、「スキー場から北泉ヶ岳を回ってくる。昼過ぎには戻る」とメモを残して出かけましたが、夜になっても戻らないため、家族が警察に通報しました。26日から大規模な捜索が行なわれましたが、発見できませんでした。

[解説]
この時期には雪山遭難も起こります。11月22~23日に強い低気圧が通過し、24日に冬型気圧配置になり、25日は冬型が少し弱まったタイミングでした。男性は何度も泉ヶ岳に登っていてホームの山でした。このころは雪山に意欲があったため、新雪が降った泉ヶ岳の様子を見に出かけたと思われます。 男性はYAMAPユーザーで、GPSの軌跡が泉ヶ岳北方の桑沼で消えていました。車はスプリングバレー仙台泉スキー場の駐車場にありましたので、スキー場と桑沼の区間を男性が歩いた可能性は高いです。しかし、発見されていないため、どういう状況で遭難したのかは全くわかりません。 たった1回の寒波襲来で、山は一気に冬山に変わります。11月下旬でも積雪がついてしまえば、条件は厳冬期と変わりませんので、雪山の完全装備と心構えをもって向かわなくてはならない、ということが本事例からの教訓だと思います(遭難男性が準備不充分だったという意味ではありません)。

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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