番外編 ドキュメンタリー番組の舞台裏|宗谷岬から襟裳岬~670㎞63日間の記録~

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日本の登山の常識を覆す、襟裳岬から襟裳岬への670kmの大縦走。野村良太さんの北海道分水嶺縦断を追ったドキュメンタリー番組が2022年末から2023年1月にかけ、NHKで放送される。自らにカメラを向け、単独登山を記録し続けた野村さんの思いとは。連載の番外編として、撮影の舞台裏をつづってもらった。

文・写真=野村良太

ゴールとなる宗谷岬では仲間のほかに、
撮影班も待ち構えてくれていた

 

ドキュメンタリー番組の舞台裏

きっかけはお世話になっている先輩登山ガイドだった。2021年冬、最終的に撤退することとなった一度目の挑戦に出発する少し前に、こんなやり取りがあった。

野村 「私事ですが、3月末から最長でGW明けまで、北海道分水嶺縦断(襟裳岬から宗谷岬)を計画しています。(中略)…その間2ヶ月ほど、夏シーズンのスケジュール調整の連絡が滞るかもしれません。お手数をお掛けしますが、把握のほどよろしくお願いします…」

先輩 「ごめん、意味わからん。襟裳岬から宗谷岬まで全部歩くの?日高や大雪山は縦走したからその間と続きをやるのかな?」

野村 「50日かけてノンサポートで分水嶺を全部歩こうとしています。」

先輩 「壮大なチャレンジだけど、デポは? 後援やメディアへのアピールは?」

野村 「デポは事前に自力で置きに行きます。いくつかの企業に装備面でサポートいただきますが、メディアには特にしていません。」

先輩 「北海道分水嶺縦断の計画を知り合いのディレクターに伝えたところ、一人のディレクターから若者の壮大な計画に興味深いと返信があり…」

こうして紹介していただいたのがNHK札幌放送局の田辺陽一ディレクターだった。田辺さんとやり取りするうちに、番組になるかはわからないが密着させてほしい、という言葉をいただいた。その後、デポの準備や、下界での様子を何回かに分けて撮影していただいた。

最大の問題はここからだ。北海道の厳しい雪山を2ヶ月かけて縦走する計画。カメラマンが同行するのは難しい。山中の映像は僕自身が見よう見まねで自撮りするほかなかった。田辺さんは「余裕のある時だけカメラを回してくれればそれでいい」と言ってくださるが、(それじゃほとんど撮れないと思うんだけど…)と思わざるを得なかった。

1度目の挑戦は撤退に終わったが、北海道ローカルの朝のニュース番組で10分の特集となった。素人カットの限られた素材しかない中で、お蔵入りにしないで放送していただいたことに感謝している。

2021年4月17日放送の
NHK「おはよう北海道土曜プラス」にて


次に連絡を取ったのはその年(2021年)の8月。

田辺さん 「来年も分水嶺の挑戦にリベンジするの?」

言われなくてもそのつもりだった僕は2つ返事で答えた。

撮影は主に、NHKから貸し出してもらったGoProで行ない、一部をスマートフォンで補う形式をとった。今回のルートには除雪された道路が横切っている箇所がいくつかある。そのうちの4カ所(西尾峠、天北峠、石北峠、狩勝峠)で撮影班に待ち構えていてもらって、バッテリー交換とここまでのデータのバックアップを行なう。各地点までの約2〜3週間程度のバッテリーは防水バックに入れて担いで歩く。

GoPro本体(約150g)やバッテリー(約50g×6〜10個。交換ごとに異なる)も文字通り重荷だが、すべて自分で撮影しなければならないのは想像以上の重労働だ。最初のうちはこれでよいものか要領が得られず、今振り返れば単調な記録が続いた。このままではダメな気がした僕は、最初のバッテリー交換をした夕方、西尾峠のすぐそばでテントを立てながら素直な思いを伝える。

「自分で納得のいく映像を残すために、ここまでのデータを確認してもらい、厳しいダメ出しとご指導がほしいです」

自分でそうは言ったものの、翌朝の出発前に田辺さんから返ってきた言葉は辛辣なものだった。

「夜のうちにデータを確認しました。これでは何を撮りたいのかさっぱりわからない。なにも伝わってくるものがなく、片手間でカメラを回している印象。はっきり言っておもしろくない」

「一方で、預かった地図の裏の日記からはビンビンと伝わってくるものがあった。」

ここからはテレビディレクターの腕の見せ所だったに違いない。

「野村君はやりたいことをやっているだけで、誰かのためにやっているわけではないのでしょう。けれど、そこで感じたことが伝われば、結果的には多くの人の人生を豊かにすることに繋がる気がします」

「野村君の場合、なにを撮ればよいかの答えは自分で日記に書いています。あそこに書かれていることに映像が伴えば、私たちにも野村君が感じていることが追体験できて、幸せの一端が伝わってくると思います。伝えようという気迫があれば、映像にはそれが必ず現われます…」

2022年2月26日、宗谷岬出発の朝。
この先は自分で撮影するほかない


それからほどなくして、怒涛のダメ出し集と具体的な助言集が送られてきた。「冒険」や「挑戦」といえば聞こえはいいが、所詮は赤の他人の登山。それに対してここまで本気で意見をくださることに、身に余る光栄と感謝の念を持った。それは次第に、その期待に応えたいという思いへと変化していった。

特別、なにかを変えたわけではない。ただ、感動があったときに、ついでにカメラの録画ボタンも押しておくだけだ。映像に残せたからといって、その場のすべてを記録できるわけではない。だが、後から見返したときに、その映像がきっかけで、付随するさまざまな記憶が呼び覚まされ、心を豊かにする力があると感じた。

その日の行動を終えてテントに入ると、まずは一杯のカフェオレをすすり、板チョコをかじる。一息つくと、その日の映像を見返しながら、地図の裏に日記を書く。画角はもっと上を向かなきゃダメだな、もう少しゆっくり喋ってみるか、などと素人なりに試行錯誤する時間も案外おもしろい。一日の終わりのこのサイクルを心地よく感じるようになるまで、さして時間はかからなかった。

映像を撮ることは、結果的に思わぬ効果ももたらした。撮影という作業を通して自分を客観視する中で、単独行の内側に“自分を俯瞰するもう一人の自分”が現われたのである。単独での登山において自身を客観的に見る能力は、リスク判断をする上で重要なスキルだ。一方で、これが思いのほか難しい。だからこそ、この予期せぬ事実は、僕の精神衛生によい役割を果たした。おかげで、撮影がどうしようもなく負担になる、という最悪の事態を避けることができたように思う。

特筆すべきはもう1点。ヘリコプターでの空撮だ。目線カメラの画しかないことに不満を感じていたころだったので、この連絡には歓喜した。わずかな位置情報しかない中で、大雪原の上にぽつんと乗っかる僕を見つけるのは大変だったに違いない。大雪山で一度、日高山脈でもう一度。北海道の雄大さがわかる映像が番組に花を添えてくれることに期待している。

宗谷岬にて


総じて、貴重な経験をさせてもらった、という印象が強い。この旅は、あくまでも個人的な挑戦だった。当然、番組になるなどとは思ってもみなかった。

今回の放送は僕に関わってくださった皆様のおかげで成り立っている。一方で、プロの力を借りた結果ではあるが「できることは、やり切った」という自負もある。

僕の言葉や映像という表現に、他者に対して伝える力があるのかどうか。それはぜひ、本放送を通してご自身の目で判断していただきたい。

 

『白銀の大縦走~北海道分水嶺ルート670キロ』

NHK総合 2022年12月30日(金)7:20~8:19【全国】

NHK総合 2023年1月4日(水) 4:00~4:59【全国】再放送

BSプレミアム 2023年1月21日(土) 19:30~20:59【全国】拡大版

 

公式サイト

白銀の大縦走~北海道分水嶺ルート670キロ

 

プロフィール

野村良太(のむら・りょうた)

1994年、大阪府豊中市生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、スキーガイドステージⅠ。大阪府立北野高校を卒業後、北海道大学ワンダーフォーゲル部で登山を始める。同部62代主将。卒部後の2019年2月積雪期単独知床半島全山縦走(海別岳~知床岬12泊13日)、2019年3月積雪期単独日高山脈全山縦走(日勝峠~襟裳岬16泊17日)を達成し、「史上初ワンシーズン知床・日高全山縦走」で令和元年度「北大えるむ賞」受賞。2020年卒業。2021年4月、北海道分水嶺縦断途中敗退。2021年春からガイドとして活動を始める。2021年4月グレートトラバース3日高山脈大縦走撮影サポート、6月には大雪山系大縦走撮影サポートほか。2022年2〜4月、積雪期単独北海道分水嶺縦断(宗谷岬~襟裳岬670km)を63日間で達成。同年の「日本山岳・スポーツクライミング協会山岳奨励賞」「第27回植村直己冒険賞」を受賞した。

積雪期単独北海道分水嶺縦断記

北海道の中央には宗谷丘陵から北見山地、石狩山地、日高山脈が連なり、長大な分水嶺を構成している。2022年冬、雪に閉ざされたその分水嶺を、ひとりぼっちで歩き通した若き登山家がいた。テントや雪洞の中で毎夜地形図の裏に書き綴った山行記録をもとに、2ヶ月余りにわたる長い単独登山を振り返る。

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