下りでは重心移動を「起こさない」ことが大切。下山で身体が圧倒的に楽になる歩き方
登山でキツく感じるのは登り坂だが、身体に負担がかかるのは下り坂で、実際、膝痛は下山中に起こることが多い。そんな下り坂で、身体が圧倒的に楽になる歩き方のコツは、重心移動を「起こさない」ことだという。
前回の記事では、登り・下りそれぞれの場面で歩きやすくする、登山靴の紐の調整方法について解説しました。
靴紐の締め具合を変えることで登りでは足首が素早く動く状態を作り、下りではゆっくり動く状態を生み出すことができます。結果、登りでは重心移動がしやすく、下りでは重心移動が起こりにくい状態で歩けるようになります。
さて今回は、下りでの重心移動について解説していきます。登りでの重心移動については、以前の記事(第1回、第2回)をご参照ください。
下りは重心移動を起こさない
下りでは、登りとは正反対に、重心移動が起こりにくい状態で歩く必要があります。下山時は、重力の関係で足を踏み出すだけでも体が自然と前進しやすい状態です。そのため前進しやすく、勝手に下っていく状態が続くため、それを制御しながら歩く必要があります。着地のたびに下半身の筋肉をつかってブレーキを掛けながら歩いている状態です。
下半身の中でも大腿四頭筋(ふともも前側の筋肉)は通称「ブレーキ筋」と呼び、特に重要な役割を果たしています。下山時に歩行速度を抑えるために大腿四頭筋に負担が集中するので、疲れてくると「膝が笑う」状態になったり膝が痛んだりして、疲労やトラブルの原因になっています。
また、着地衝撃が大きければ大きいほど強くブレーキをかけるため、急坂や大きな段差が続くと、その分だけ大腿四頭筋に大きなダメージが与えられてしまうのです。
着地衝撃を減らして下ることが出来れば、こうした筋肉への負担を軽減することが出来るわけですが、ここで重要になってくるのが、「重心移動」です。登りの時は重心移動を積極的に利用しますが、下りは逆に重心移動が起こらないように歩くことで、歩行速度を抑え込み、着地衝撃が少ない状態にすることが理想的な歩き方なのです。
前回のおさらい「靴紐を締める」
前回の記事で解説した通り、下山時は登山靴の靴紐を足首まで締めて、足首がゆっくり動く状態にします。こうして足首の動きに制限を加えることで、物理的に重心移動が起こらない歩き方に切替えることが出来ます。前回の記事を未読の方は、ぜひ靴紐の調整方法を確認して、下山時に試して頂ければと思います。
そして、重心移動を起こさないための体の使い方を3つに分けて解説していきます。まずは動画を見て頂くと分かりやすいので、こちらをご覧ください。
3つの場面を撮影しました。いずれも、前半は重心移動が起こらない状態、後半で重心移動が起こった状態になっています。
(1)姿勢を崩さずに足元を見る
シーン1では足元を見ようと(8秒付近)少し姿勢が変わっただけで歩行速度が上がるのがお分かりいただけると思います。下りでは足元を見ようとすると姿勢が前屈みに崩れがちです。
頭の位置が前方に位置した分だけ重心移動が起こります。足元を見る時も出来る限り胸を張り、顎を引くようにして頭を倒すと姿勢が大きく崩れません。前屈みになることで腰が引けた姿勢になり、スリップや転倒をしやすい状態にもなりますので注意が必要です。
(2)ポールを前に突きすぎない
シーン2では分かりやすくするため、あえてポールを突かずに手に持って歩いています。腕が前に出ると(17秒付近)、歩行速度が上がっています。
このように下山でポールを使う時、ポールの力に頼りすぎて前方に腕が伸びた状態でポールを突こうとすると重心移動が起こります。姿勢自体は大きく変化していませんが、腕の位置は歩行時の重心移動に意外にも大きく影響を与えているのです。
ポールは上手く使えば、下山時の負担を軽減させてくれますが、突き方によって重心移動の状態が異なってくるのです。腕が伸び、ポールを握る手が前方に位置するほど重心移動が起こりますので、肘を伸ばしきずに、出来る限り近い位置に突くようにしましょう。
(3)腕振りをしない
シーン3は腰に手を置いて歩いている状態から、腕を振り出したこと(27秒付近)で歩行速度が上がります。このように、同じ速度で歩いているつもりでも、腕を振った分だけ自然に重心移動が起こります。歩行速度が上がれば、自然と大股で歩くことになり、着地衝撃が大きい歩き方になってしまいます。そのため、出来る限り腕振りを抑えて歩くようにしましょう。
腕を下ろした状態で振らないようにするというのは難しいので、腰に手を置くなど手をどこかに固定してしまうのが理想的です。腰に手を置くことは、腕組みをしたり、ザックのショルダーベルトを掴む方法よりも、いざというときにパッと手が使えるのでオススメです。また、腰に手を置いて肘を後方に引くことにより、胸を張ることが出来るメリットもあります。この体勢が一番重心移動が抑えられる状態ですので、是非歩きやすい下り坂で試してみて下さい。
こうした対策以外にも重心移動については、拙著「バテない登山技術」3章でより詳しく解説していますので、こちらも是非ご覧になってみて下さい。
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下山が体に与える負担は大きいので、こうした重心移動を起こさない下り方を身につけることが出来ると、下山が圧倒的に楽になります。筋肉痛や膝痛などのトラブルを防ぐことにもつながりますので、今回ご紹介したコツを、是非次の登山で試してみてください。
さて次回は、「バテない登山技術」の内容から少し外れますが、雪山をバランスを崩さずに歩くための歩行技術について解説したいと思います。なお、バテずに安定した歩行を身につけたい方向けに、定期的に講習会を開催しています。詳しくはホームページをご覧ください。
プロフィール
野中径隆(のなか みちたか)
Nature Guide LIS代表。大学3年の夏に「登山の授業」で山の魅力に取りつかれ、以来、登山ガイドの道へ進む。「初心者の方が安心して登山できる」環境づくりを目標に積極的にWeb上で情報を発信するほか、テレビ出演、雑誌、ラジオなど各種メディアでも活躍中。
日本山岳ガイド協会・認定登山ガイド、かながわ山岳ガイド協会所属。
⇒ Nature Guide LISホームページ
理論がわかれば山の歩き方が変わる!
日頃、あまり客観視することのない「歩き方」。しかし山での身体のトラブルや疲労の多くは、歩き方の密接に結びついている。 あるき方を頭で理解して見つめ直せば、疲れにくい・トラブルを防ぐ歩行技術に近づいていく。本連載では、写真・動画と一緒に、歩き方を論理的に解説。