暴走して穴に転落、そのまま即死…オスのウマに起こりうる悲劇とは?
ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

あまり工夫のない陰茎
ウマの繁殖行動は、メスがリードしている感が強い。メスは発情してもツンデレで外見的にとくに変化はないが、発情したメスに対するオスの反応はすごい。歯と歯茎をむき出しにして、大笑いしているような表情を見せる。「フレーメン反応」と呼ばれる現象である。
普段、凛としたイメージの強いウマが、驚くほど豊かな表情を示すことから、初めてフレーメン反応を目にした人は一様に驚く。もちろん、この表情を見てウマを好きになったり、親しみを抱いたりする人も多い。獣医の私は、大学時代からウマにふれる機会が比較的多かった。
ウマは、「筋海綿体型」の陰茎の持ち主である。筋海綿体型の陰茎は、白膜の内側にある海綿体が発達しており、ここに血液が充満することで海綿体筋が収縮(勃起)し、交尾できる状態になる。メスの発情が引き金になってオスが性的興奮を覚えると、男性ホルモンの影響で、海綿体の中にある静脈に血液が一気に流れ込むのである。
ウマやバクなどの奇蹄類(奇数の蹄をもつ哺乳類)のほか、人間もこのタイプの陰茎をもつ。哺乳類の中では最も単純な構造としくみで、ある意味〝工夫のない〞陰茎の部類に入るのかもしれない。
オスウマのメスに対する激しい思いは、フレーメン反応のような表情の変化にとどまらず、ときに突発的な行動として現われる。
大学の付属牧場でウマに乗る実習を受けていたときのこと。1頭のオスのウマがいきなり暴走し、敷地内のゴミ捨て用の深い穴に転落した。ものすごく大きな音がして、近くにいた私もすぐに現場へ駆けつけた。穴に落ちたウマはすでにピクリとも動かず、即死状態だった。
なぜそのようなことが起こったのかというと、そのオスの前を歩いていたメスがどうやら発情していたようなのだ。オスは突如、大興奮して作業員さんの手綱を振りほどき、猛スピードで走り出したのはいいが、運悪く穴に落ちてしまったのである。
フレーメン反応は興奮のしるし
発情すると、そこまで我を忘れてしまうのか、それでは交尾どころではないではないか、と彼の激しさや情熱を受け止めつつも、オスウマとメスウマは安易に近づけてはいけないと痛感した出来事であった。
ところで、フレーメン反応を呈しているオスウマは、笑っているわけではない。ウマは鼻腔に「鋤鼻器(ヤコブソン器官)」と呼ばれる嗅覚器官がある。初めて嗅ぐニオイや特有のニオイに接すると、唇を思い切り引き上げて鋤鼻器を外気にさらし、もっとそのニオイを嗅ぎ取ろうとする習性がある。この動作によって、笑ったような妙な表情が生み出される。
ウマは元来、神経質であり、視覚や聴覚、そして嗅覚にも非常に敏感である。嗅覚は人間の1000倍ともいわれる。この嗅覚能力を維持し、かつ発情したメスのニオイを確実に嗅ぎ取ることができるよう鋤鼻器を発達させた。
とくに発情したメスの生殖器や尿のニオイには、顕著なフレーメン反応が起こる。それが交尾につながり、新しい命を生み出すことになる。そのほか、タバコやアルコール、香水のニオイなど、刺激の強いニオイに対してもフレーメン反応を示す。
フレーメン反応は、ウマ以外の動物にもよく見られる。身近なところでは、イヌやネコのオスが「フガーッ」といった感じで鼻と上唇を少し上げ、空を見つめる表情をする。うちにも愛猫がいるが、そのうちの1匹はオスで同居メスの生殖器を嗅いではフガーッとしている。
ヒトを含む高等霊長類、コウモリの一部とクジラ類を除けば、残りの哺乳類のほとんどが鋤鼻器をもち、程度の差こそあれフレーメン反応を示す。ただ、やはりウマのフレーメン反応は独特で、あの表情を見たらしばらく頭から離れないほど魅力がある。
※本記事は、『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』を一部抜粋したものです。
『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』

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ヤギの交尾は一瞬で終わる!
海獣学者が解きあかす すばらしき繁殖戦略
『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』
著:田島 木綿子
価格:1760円(税込)
クジラの歌を聴け
ザトウクジラは、なぜソングを歌うのか? ヤギの交尾が一瞬で終わる切実な理由とは? ヒトはもともと難産になりやすい? 求愛の悲喜こもごもから交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議、環境に適応した多様な子育ての方法まで、めちゃくちゃ面白くて感動する動物の繁殖のはなしを集めた『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。
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