5人の道筋とキーワードで読む女性たちの登山史『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』【書評】

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評者=佐藤泰那

彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか

著:柏 澄子
発行:山と溪谷社
価格:1870円(税込)

 

凍傷で指をほとんど失った後も、登山のためのリハビリ以上に、料理をして箸でご飯を食べ、家事のあれこれをちゃんとする山野井妙子さん。ヒマラヤも地元でのハイキングも同じようにワクワクする田部井淳子さん。

「彼女たちの山」の第1章には、後世にも名を残すであろうレジェンドが5人紹介されている。だがそこに記されているのは、華々しい経歴だけではない。

著者の柏澄子さんは、山をテーマに執筆を続けるライターで、トップクライマーが身を置く山岳の世界を自分自身も目にしてきたガイドだ。近郊の低山から世界の名峰まで四季折々に堪能するひとりの女性でもある。そんな柏さんだからこそ垣間見ることができた5人の素顔やきれいごとではない本心が、彼女たちを身近に感じさせてくれる。

第2章は、山小屋や山岳ガイド、大学山岳部といったテーマに分けられていて、山と関わりをもつ数多の女性が登場する。彼女たちに、柏さんが前述のレジェンドたちと同様に対峙し背景を慮る姿勢に、この本の美しさがあると思う。テーマのひとつとして取り上げられている山ガールも、過ぎ去ったブームとしてひとくくりに表現することは簡単だが、実際には個々に山へ向かった理由がある。その機微を書き残してくださったことを、かつて“山ガール”だったひとりとしてうれしく思う。

私は数カ月前まで、アウトドア初心者~初級者向けメディア『ランドネ』に約14年携わってきた。2009年の創刊時のキャッチコピーは「応援します!女子のアウトドア」。だが年月を重ね、自然の中で楽しむためのコンテンツを性別で区切る必要性を考え直し、12年からはメディア自体を女性向きと表現することは避けてきた。

一方で、生物学的な女性には、結婚、出産など、日々の時間の使い方を大きく検討し直すタイミングがある。月経の存在を頭の片隅から追いやることもできない。山を続けるにあたって、無視することのできない性である。女性たちはその煩わしさが常にそばにあるからこそ、自分の限界を知り、困難にもしなやかに対応できるのかもしれない。この本に登場した彼女たちに共通する凛とした生きざまから、そんなことを思った。

実は『山と溪谷』での連載「平成を登った女性たち」が一冊にまとまるという話を伺ったときから、本のどこかに柏さん自身を記す章が必要なのでは、と気になっていた。だが、一冊分の校正紙を拝読して、ほっとした。女性一人ひとりの人生の切り取り方、言葉のすくいあげ方に余すところなく柏さんの存在がある。そして山へと向かうすべてのひとに、あなたのすぐそばに、同じように山を愛する誇らしい仲間がいるよ、とエールを送ってくれている。

 

評者=佐藤泰那

さとう・やすな/1985年生まれ。『ランドネ』前編集長。編集者としての経験を生かし、地域のコンサルティングや商品開発、イベント企画などにも携わる。山と麓を巡る旅と、日本酒が好き。

山と溪谷2023年5月号より転載)

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