ルポ・尾瀬ヶ原。夏休みは親子で山に出かけよう
夏休みは旅行のハイシーズン。子どもをどこかに連れていってあげたいけど、今さら宿泊予約なんて取れっこない・・・。そんなときこそ親子登山に出かけよう。日帰りが可能な山なら、思い立ったらすぐに行ける。道のりは非日常の発見に満ち、山上には涼しい風が吹いている。
文・写真=西村 健(山と溪谷オンライン)
尾瀬ヶ原、道草は楽し
自然が好きなら、山の鼻ビジターセンターは外せないスポットだ。季節の花の情報はもちろん、尾瀬の動植物の紹介を実に的確に、かつコンパクトに紹介しており、10分もあれば、尾瀬を2倍楽しむための予備知識を仕入れられる。小学生男子の例に漏れず、生き物好きの息子はここで20分以上も展示を満喫。ツキノワグマやテンの毛皮に触れ、顕微鏡で昆虫の翅を見てみたり、野鳥の声を聞けるデバイスで「聞きなし」を楽しんだり・・・。
ビジターセンターを後にして、いよいよ尾瀬ヶ原へ。時刻はもう正午近くとあって、中天に昇り詰めた太陽の光は強烈だ。目の前には陽光をさえぎるもののない湿原がどこまでも広がる。尾瀬ヶ原の標高は1400mほどで、計算通りなら下界よりは10度近く涼しいはずなのだが。「暑いじゃん」。息子が不満そうに言う。「ごめんよ、もっと涼しいと思ってた」と、正直に謝ったものの、暑いのはおれのせいじゃないぞとも思う。
そんなやりとりをしていると、息子が「あ!さっき見た鳥!」と指さす。そちらを見ると、ちょうど小鳥が飛び去るところだった。「さっきのとこ(ビジターセンター)で写真を見たコマドリだったよ」と息子。こちらは長年山に登っているけど、コマドリなんて数回しか見たことがない。その美声はよく聞くけれども、なかなか姿を見せてくれない鳥だと思っていた。しかし、あっさり息子が見つけたところをみると、案外観察眼の問題なのかもしれない。
夏の尾瀬ヶ原を代表するニッコウキスゲにはまだ早かったが、ヒツジグサの白い花が池塘に浮かんでいる。さらにキンコウカの黄色が彩りを添え、コバギボウシやカキツバタも見ることができた。息子は花にはあまり興味がないので、こちらが花を眺めていても、お構いなしに先へと進んでしまう。
しかし、池塘の水面に動くものを見つけた途端、息子の歩が止まった。「イモリがいるよ、イモリだイモリだ・・・」。実は生き物のなかでも両生類や爬虫類がいちばん好きなのだ。我が家の水槽には本州のアカハライモリのほか、アマミシリケンイモリ、オキナワシリケンイモリと、日本の各地に生息するイモリが泳いでいる。だから見慣れたはずのイモリなのだが、やはり生息地でその姿を見るというのはなかなか興奮するものらしい。
名残惜しそうにイモリのいる池塘を後にして木道を歩いていくと、今度はオタマジャクシを発見したようだ。「これなんだろう、結構大きいな」。オタマジャクシの同定はなかなか難しそうだが、「さっきツチガエルみたいな鳴き声が聞こえたから、きっとそのオタマじゃないかな」とほかの情報から推理している。
ほかにも池に泳ぐアブラハヤや正体不明の卵塊らしきもの、食虫植物のモウセンゴケなど、生き物が好きな男子には飽きることのない場所のようだ。竜宮十字路あたりまでは行こうと思っていたが、まったくペースは上がらず、ランチを済ませて牛首で折り返すことになった。
ゆっくり歩けば親子登山も楽し。
山ノ鼻から来た道を戻るが、14時を過ぎて、コースはずいぶん静かになっていた。おかげで、往路はほとんどみる余裕のなかった路傍の花が目に入ってくる。白く繊細な花を広げるモミジカラマツ。ヤマオダマキ。蝋細工のようなギンリョウソウ。息子は目ざとく地中から出てきたばかりのセミの幼虫を見つけ、オトシブミの揺籃に見入っている。まるでミシン目のように虫食いの跡が残るササの葉。人の波が消えた登山道は発見に満ちていた。
こんなに道が空いているとき、ひとりならついペースを上げたくなってしまうところだが、今日は息子が主役。親子登山は、自分のいつもの登山とはまったく別のものなのだ。彼のペースで歩き、視線を下げると、いつもは目に入らないものがいくらでも見えてくる。そうやって腹をくくれば、ペースが上がらなくても苛立たないし、目的地(今回は山頂ではなかったが)に到達できなくても、充実した山歩きになる。
この日、コースタイム3時間あまりの道のりを4時間以上かけてゆっくり歩いた。さまざまな動植物が懸命に生きる姿に出合える夏の尾瀬は、子どもの歩幅に合わせて、じっくり歩くのにふさわしい。
(取材日=2023年7月17日)
MAP&DATA
コースタイム:鳩待峠~山ノ鼻~牛首往復:約3時間10分
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