悪天候による遭難を回避する――重要なのは引き返す決断力

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2023年秋の連休は、各地の山で気象に起因する遭難が相次いだ。秋山シーズンはまだ中盤で、これから秋山登山に出掛ける人も多いだろう。書籍『山の安全管理術』(ヤマケイ新書)から、気象遭難を回避するための知識を抜粋して紹介しよう。

文=木元康晴、写真=PIXTA

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ミスが許されない悪天候時の登山

遭難原因のなかで悪天候は7番目の多さだが、その人数は年によってバラつきがある。それは気象条件が毎年異なるからで、晴天日が多い安定した年であれば、悪天候による遭難は少ない。また、雨が多い冷夏の年も、山に行くことを控える登山者が多く、遭難件数はさほど多くはない。問題なのは、都市部は比較的天気がよくても、山の天気が不安定な年だ。日常生活では天気がいいので山も同様と考えて登山に向かったところ、稜線上は荒れた天気、というときが危険だ。

悪天候時には、複数の登山者が一度に遭難することが多い。特に大人数のパーティが悪天候に遭遇すると遭難人数が増える。このことも年によるバラつきを大きくする一因となっている。

そもそも、悪天候時の登山は危険をはらむ。雨が降っているときは岩場が濡れて滑りやすくなり、普段に増して転倒や転・滑落の危険性が高まる。樹林のなかでも、濡れた木の根や木道は滑りやすく、スリップして手足を骨折してしまうこともある。また、水を含んだザレ場、土の斜面も滑る。

風が強ければ、体があおられてバランスを崩す原因になる。このようなときはいつもよりゆっくり歩き、より丁寧な観察、判断、動作のサイクルを繰り返さなければならない。

また、視界もわるいので、標識の見落としなどによる道迷いにも、より注意が必要だ。風が強ければこまめに地図を確認することも難しい。要所要所でしっかりとコースを頭に叩き込んだうえで、より慎重なルートファインディングで進むことになる。

できれば悪天候時の登山は避けたいものだが、実際はそうもいかない。たとえ晴天日を狙ったとしても、予想外の雨に降られることは必ずある。特に夏山で3日以上の縦走をする場合は、1日や2日は雨に降られる。そう考えると、雨の日の登山の経験も重要だ。ときにはあえて雨の日に、トレーニングのつもりで近場の山に登ってみるのもおすすめだ。行き先は、岩場のない森林限界以下の山がいい。そういった山行のなかで、歩き方やスピーディなレインウェアの着用など、雨の日ならではの行動のコツを身につけていこう。

強い風雨のなかを行動する場合は、真夏であっても低体温症に陥る危険性がある。気温が高いと油断しがちだが、風が強ければ体感温度は下がる。レインウェアは雨や風が入り込まないようきちんと着用し、エネルギー不足を防ぐために食事もしっかりとったうえで、休憩は少なめにして、体温を下げないよう速やかに行動しよう。森林限界を超える稜線では、歩行中に風にあおられることによって転倒、転落する危険性もある。特に体重の軽い女性は風で体が浮きやすい。ザックカバーが風をはらむこともあるので、思いきって外してしまうのが無難だ。

悪天候時は引き返す判断が重要

私自身も、悪天候時に少し無理をして山に向かうことはある。各種の気象情報を見て、次第に天候が回復してくると予想した場合だ。その場合は、事前に進退判断をするポイントを考えておき、そこを通過する際に登り続けるかどうかを検討する。

判断ポイントの一つは、森林限界を抜け出る地点。これより上に出るとさえぎるものがなく、風の影響を強く受けるからだ。

進退判断ポイントのもう一つは、登山道が尾根に上がる地点。やはり風の影響が強くなることが多いからだ。コースによってはそういう地点は何度も現われるので、その都度判断する。特に主稜線上に出るときは、一気に風雨にさらされる可能性があるので、慎重に判断する。

この二つの判断ポイントを通過して先に進むことにより、低体温症や転滑落のリスクが高まると予想したならば、たとえ山頂間近であっても、登頂を断念して下山するのは言うまでもない。

さらに判断が難しいのは岩場の山だが、同行者の力量が高い場合には、小雨程度であれば行動することは多い。しかし雨粒を感じるほどの雨であれば行動はしない。ルートファインディングを行なうにも、雨粒が目に入ったら困難だからだ。

また、気象庁による悪天候を知らせる情報が出た場合には、行動するかどうかを慎重に検討する。まず、早期注意情報が出ている場合はプランニングそのものを見直す。大雨や暴風、洪水などの特別警報や警報の場合には、行動はしない。

注意報も、大雨や洪水などであれば基本は行動せず、雷注意報の場合は、警戒しつつ慎重に行動する。

風や雨の場合、具体的には風速15m、1時間雨量20mmを目安に行動を中止する。

風速・雨量の目安

■風速の目安
風速一般的な表現 状態
0〜3m無風〜弱い風 静穏〜風を感じる程度。
湖面にさざ波〜小波が立つ程度
3〜5m一般に「風が吹いている」というとき 部屋にいても屋外の風がわかり始める
5〜10m 一般に「風が強まってきた」というとき 砂ぼこりが立ち、屋外の物が風で音を立てる
10〜15m やや強い風 傘を差しづらい。電線が鳴き始める
15〜20mビュービュー吹く風 連続的に風の音がする。
高速道路で車が横にあおられる
20〜30m ゴーゴーと吹く風 立っているのが困難。
弱い建物の外装が壊れ始める
30m以上 恐怖を感じる風 木造住宅が壊れ始める
■雨量の目安
風速一般的な表現 状態
10〜20mmザーザーと降る 地面からの跳ね返りで足元が濡れる
20〜30mm土砂降り 傘を差していても濡れる。
地面一面に水たまりができる
30〜50mm バケツをひっくり返したように降る 道路が川のようになる
50〜80mm 滝のように降る ゴーゴーと降り続く。水しぶきで辺り一面が白っぽくなり、視界が悪くなる
80mm以上恐怖を感じる降り方 息苦しくなるような圧迫感がある。
大規模な災害が発生する恐れが強い
ヤマケイ新書 山の安全管理術

ヤマケイ新書 山の安全管理術

山登りをする際に、必ず身につけておきたい安全管理の基礎知識を解説。執筆や講座などを通じて安全登山に取り組んできた登山ガイドの著者が、実体験を交えて考え方やノウハウを紹介している。

木元康晴
発行 山と溪谷社
価格 1,100円(税込)
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プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

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