病気や体力不足による遭難を回避する――増加する体調不良遭難

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病気や体力不足による山岳遭難が増加している。書籍『山の安全管理術』(ヤマケイ新書)から、体調不良に起因する遭難を回避するための知識を抜粋して紹介しよう。

文=木元康晴、写真=PIXTA

目次

登山での身体的負荷

登山者の遭難原因で病気は4番目、疲労は5番目に多く、その件数は増加傾向だ。登山者が救助を求めるほどの病気や疲労といった体調不良に至る要因の一つは、環境にある。山の環境の最大の特徴は低酸素だということ。気圧は標高1800mで平地の約8割、標高3000mでは約7割に下がり、それに対応して酸素分圧も下がって高山病などを引き起こす原因になる。

山では気温も低い。目安として、標高100m上がるごとに約0.6度気温が下がる。そして冷たい空気は、含む水蒸気量も少なくなるため、空気は乾燥する。

この低酸素、低温、乾燥の3つの環境的要因が、山では登山者の体に負荷をかけ続けている。

体調不良に至るもう一つの要因が、運動負荷だ。長時間荷物を背負って、不整地の坂を登ったり下ったりと、日常生活にはない運動をすることも、体にとっては大きな負荷となる。

そして、遭難者の年齢層のボリュームゾーンが60〜70歳代であることから、それら高齢登山者の一定数が、環境と運動の身体的負荷に起因する、体調不良を引き起こすことが多いと思われる。

登山時に発症しやすい主な病気

登山中に発症することが多い病気には、標高の高い山で頭痛などが起きる高山病、体温が上がったまま体温調整ができなくなる熱中症、正常な身体機能が働かないほど体温が下がる低体温症の3つがある。

この3つは、症状が軽いうちに対処すれば回復しやすいので、予兆を見逃さないように。また、3つに共通する原因として、水分不足がある。防ぐには、1時間に体重(kg)の5倍(ml)の水分補給をすること。水だけでなく、電解質も補給するためにスポーツドリンクも併せて飲もう。

突然胸が痛みだす心臓疾患や、強い頭痛やめまいが生じる脳卒中も増えてきた。この二つは応急手当てが困難なうえ、そのまま命を落とす「突然死」にも結びつく危険なものだ。多いのは心臓疾患で、発症者の大半が中高年の男性だ。特に喫煙者や高血圧の人がなりやすいとされる。

さらに、呼吸器疾患、心臓病、高血圧、糖尿病といった持病のある人は、登山中にその症状が悪化すると考えられる。普段の生活で症状がコントロールできている人であれば、ゆっくりと余裕をもったプランでの登山は可能だが、慎重に取り組むようにしたい。

これらの病気を防ぐには、まずは自分の健康状態を把握するために定期的に健康診断を受けること。そのうえで自分の体調や体力に合った、無理のないプランニングを心がけることが重要だ。

持病は自己管理が重要

持病をもつ人は、主治医の確認を得れば登山が可能だと考えるだろう。しかし、主治医が山や登山の知識をもっていなければ判断を誤ることもあり、注意が必要だ。5年ほど前に、私がガイドとしてお客さまをご案内した富士山のツアーで、そのような問題が起きたことがある。

そのツアーのコースは、富士宮口六合目から宝永噴火口を横断して、御殿場口登山道へと合流する、通称「プリンスルート」だった。昼頃に富士宮登山口を出発し、予定どおり御殿場口六合目を通過。間もなく宿泊予定の山小屋に到着しようというときに、参加者の一人の女性が、倒れるようによろめいて、登山道にしゃがみ込んだ。急いで近づき、様子を見ると顔面蒼白だ。高山病を疑って、深呼吸をするよう促したが、そうではないという。メニエル病の持病があって、その発作が起きた、とのことだった。

メニエル病とは、発作時に回転性の激しいめまいと、吐き気の症状が出る病気で、30分以上そういった状態が続く。登山道の脇に腰かけてもらい、水を飲ませながら、富士山に登ることを主治医に相談したのかと聞くと、「登山ガイドが同行する、旅行会社のツアーだったら問題ないでしょう。あなたの発作はだいたい30分で治まります。症状が出たらそのことをガイドに伝えて、症状が消えるまでの間、休ませてもらえば大丈夫ですよ」と言われた、との返事だった。

けれども、登山では、パーティの足並みをそろえて歩くことが安全管理上大切で、発作のたびに一人だけを30分休ませることは難しい。だからといって、その都度、全員で休むことも不可能だ。30分は街ではわずかな時間かもしれないが、登山ではその時間を失うことで、登頂の可能性を下げるばかりか、安全性を大きく左右することにもなってしまう。

このときは山小屋が近かったので、何とか対応できたものの、もちろんこの女性には翌朝の登頂を断念していただいた。そしてこの一件以降、持病がある人が主治医から登山の確認を得たとの申し出があっても、慎重に対応するようにしている。

現在は代表的な持病である高血圧や糖尿病の人が増えている。厚生労働省によると、20歳以上で糖尿病が疑われる人は1000万人を超え、年齢が高くなるにつれて、その割合が増加しているという。それら糖尿病の人は、健康維持のために自発的に登山やハイキングを行なう人が多いほか、医師からのすすめで始める人もあり、今後もその数は増えるだろう。

ただし、症状が悪化したとしても、山ではすぐに救助はできない。同行者やガイドも、適切な応急手当てを行なうには無理がある。持病のある登山者は、自分自身での体調管理が重要であり、症状をコントロールできる範囲内でのプランニングも、必須の条件ではないだろうか。

行動できないほどの疲労を防ぐには

登山では確実に登れる山やコースを選び、自分の力で山頂に立って下山するのが大原則だ。しかし、最近は行動途中に疲労したという理由で救助要請をする例が増えている。

行動できないほど疲労する原因の一つには、初心者が背伸びをして、自分の体力を超える山を選んでしまうことがある。確かに目標の山を登るときに必要になる体力は、具体的に把握しにくい。従来から使われていて、今も主流といえる体力度を示す方法に★マークがある。これは5段階、もしくは3段階で体力の度合いを示すものだが、基準がややあいまいだ。

そこで、近年活用され始めているのが、鹿屋体育大学の山本正嘉教授が考案したコース定数だ。登山コースの行動時間と距離、それに登りと下りの負荷を標高差から割り出して算出したもので、数字が大きいほど体力が必要なことを示す。さまざまな登山コースを同一条件で数値化しているので比較しやすく、行動中のカロリーと水分の摂取量の目安にもなる。ぜひ活用しよう。

コース定数

「コース定数」×(登山者の体重+装備の重さ〈kg〉)=行動中のエネルギー消費量(kcal)
「コース定数」×(登山者の体重+装備の重さ〈kg〉)=行動中の脱水量(ml)

疲労者増加のもう一つの原因は高齢の登山者が増えたことにもあると思われる。特に長く山を続けてきた人ほど、自分の力量を高く、山の難易度を低く見積もってしまう傾向がある。残念ながら加齢による体力の衰えは避けられない。年齢に応じた、無理のない山を選ぶようにしたい。

プランニング以外で行動できないほどの疲労を避ける方法としては、体力をしっかりと身につけることが基本だ。ただし、登山で求められる体力というのは、単に身体能力だけではない。

まずは呼吸法から始まり、ペース配分の作り方、無理のない歩幅のとり方、鉛直方向に荷重をかける姿勢といった、体の使い方がある。そして長時間に渡って体を動かし続けるための、適切に水分とカロリー、塩分を補給する技術もある。

さらに疲労しにくいパッキングの技術や、体に合ったウェアやザックの選択といったことまでが含まれる。ひとつひとつは細かいが、それぞれが重要な役割を果たす技術の集合体なのだ。

したがって、体力を身につけるために、運動負荷をかけるトレーニングを行なうだけでは効果は限定的だ。古くから言われるとおり、易から難へとステップアップしつつ、実践のなかで体力と、それを支える技術を身につけるようにするのが最適だ。

【参考文献】『登山の運動生理学とトレーニング学』(山本正嘉/2016年/東京新聞出版局)

ヤマケイ新書 山の安全管理術

ヤマケイ新書 山の安全管理術

山登りをする際に、必ず身につけておきたい安全管理の基礎知識を解説。執筆や講座などを通じて安全登山に取り組んできた登山ガイドの著者が、実体験を交えて考え方やノウハウを紹介している。

木元康晴
発行 山と溪谷社
価格 1,100円(税込)
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プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

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