御嶽山噴火から10年。あの瞬間、山頂部ではなにが起きていたのか
63人が犠牲となった御嶽山噴火から10年。頂上付近で被災しながらも生還した著者が、その決死の脱出行と教訓を綴り、その後の安全登山活動、御嶽山の防災への取り組みなどを追加した『ヤマケイ文庫 御嶽山噴火 生還者の証言 増補版』から、噴火の瞬間の状況を抜粋して紹介しよう。
文=小川さゆり
11時52分、1回目の噴火
11時52分。私が、その男性とすれ違って10秒もしないときに背後から「ドドーン」というあまり大きくない低い音がした。私は瞬間的に「きっとすれ違った男性が写真を撮ろうとし、岩の上にでも乗って岩ごと転がり落ちたのかな」、そんなことを考え振り返ると、とんでもない光景が広がっていた。
剣ヶ峰の右奥に、見上げるほどに立ち昇った積乱雲のような噴煙と青空一面に放り出された黒い粒を見た。
押し込められた地下から、突然、噴き出し、自由を手に入れ命を宿したかのような噴煙は、縦にも横にも急激に広がっていく。それは誰にも止められない、自らの意思を持った生き物のようだった。
見た瞬間、「噴火した。嘘だろ」、そう思った。
すれ違った男性がすぐ下にいた。
「噴火した。逃げろ」
そう叫んだ。
私が振り返り噴煙を見たのは、数秒だった。立ち止まり噴煙を眺めていることも写真を撮ることもしていない。すぐ命を守る行動に移った。
*
11時52分。お鉢の外輪手前で噴煙を見た私は、一瞬、「あれ、噴火の対処法ってなんだっけ」と思った。雪崩や雷、落石など山で想定できる危険への対処法はそれとなく知っている。だが「噴火」の対処法は聞いたことも本などで読んだことも、まして考えたこともなかった。しかし、1秒のロスも許されない危険な状況だと判断した。急激に発達する噴煙は理屈抜きに危険が迫っていることを察するのに、十分過ぎるほどの存在感があった。
このとき、自身の山行や、救助隊で身につけた、「今できること」「できないこと」「すべきこと」「するべきではないこと」そして何より「死なないこと」が明確となり、生きるための思考回路に切り替わり、体が勝手に動いた。本能だったと思う。考えている暇などなかった。
空に放り出された岩はいずれ落ちてくる。とりあえず落石から身を守る対処法をした。
この記事に登場する山
プロフィール
小川さゆり(おがわ・さゆり)
南信州山岳ガイド協会所属の信州登山案内人、日本山岳ガイド協会認定ガイド。中央アルプス、南アルプスが映えるまち、長野県駒ヶ根市生まれ。スノーボードのトレーニングのため山に登り始める。景色もよく、達成感もあり、すぐに山を好きになる。バックカントリースキーに憧れはじめた25 歳のとき、友人が雪崩で命を落とす。山は楽しいだけではない、命と向き合うリスクを痛感する。「山で悲しい思いをしてほしくない」、そんな思いをもって、中央アルプスをメインにガイドしている。山以外では無類の猫好き。
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他