人とのつながりや新しい出会いこそ移住の醍醐味。私が考える「北アルプスの景色よりも大切なこと」とは
地方移住に関する情報はインターネット上に無数にありますが、実際に移り住んでみないと分からないのが本当のところです。特に人付き合いについては予想ができません。どんなに山の景色が素晴らしくても、温かい人とのつながりがなければ楽しい生活は送れないかもしれません。移住先の地域によって土地柄も習慣もさまざま。そのため、ここで書くことがどの地域にも当てはまるわけではありませんが、移住先での人とのつながりについて、私が感じたことや経験したことを書きたいと思います。
文・写真=鈴木俊輔
「山のある暮らし」のいちばんのハードルは?
登山で訪れた町の風景に感動して、「いつかこんなところで暮らしてみたい」と、山のある暮らしに憧れる人も多いと思います。そんな人の背中を押したいとの思いでこの連載を始めて半年。北アルプスの麓に移住した自分の実体験をもとに、地方での家探しのことや仕事探しのこと、子育てのことなどについて書いてきました。
住まいと仕事は移住するうえでの大きなハードルですが、これは物理的なもの。いちばんのハードルは、じつは新しい生活に踏み出すことへの「不安」なのかもしれません。縁もゆかりもない地域に移り住んで、住まいも仕事も付き合う人も全て変えての生活。「うまく暮らしていけるかな?」「 失敗したらどうしよう」などと考えて、一歩を踏み出せないでいる人もいるでしょう。
地域に溶け込むために必要なこと
私がいま住んでいるのは、約50世帯が集まる山ぎわにある集落(地区)。私と同世代の住民は少なく、その多くは70代以上です。私がこの場所に住むことになったのは、たまたまこの集落の空き家を紹介してもらったからで、下調べをして選んだわけではありません。もちろん知り合いがいたわけではなく、他県から来た私たち夫婦を地域で受け入れてもらえるのかと不安はありました。引っ越したのは2015年の7月で、ちょうど集落の夏祭り前。集落センター(公民館)に皆で集まって、食事をする行事です。同じ地区に住む職場の方からのアドバイスで、地酒の一升瓶を持参。自治会長から紹介してもらい、緊張しながらあいさつしたのを覚えています。
都会は人が多く近所付き合いは希薄になりがちですが、地方は人が少ない分、互いの顔が見えて距離感が近いです。インタビューライターという仕事柄、人と会う機会の多い私ですが、典型的な内向型人間。正直なところ人付き合いはそれほど得意ではありません。それでも、道で会うとあいさつをしたり、自治会活動に参加したりするなかで、少しずつ地域に溶け込んでいきました。自分から壁を作らずに、丁寧なコミュニケーションさえ心掛けていれば、地域で受け入れてもらえるように思います。私が住む集落では、年の初めに住民たちで道祖神のわら屋根をふき替える行事があります。皆で集まって「おやす」(わらを編んだ筒状の正月飾り)を作りながら雑談をするのですが、私には良い交流の機会となっています。
自治会への加入は必須か?
どの地域にも「自治会」という組織があります。これは自治体内の地区単位の組織で、清掃、草取り、防災、交通安全、祭りなどの活動を行なうものです。私が住んでいる町では「集落」と呼んでいますが、都市部での「町内会」と同じようなもの。自治会への加入は必須ではありませんが、戸建てに住めば必ず声がかかります。「なんだか大変そうだな」と思うかもしれませんが、加入したほうがよいと思います。理由については後述します。参考までに、私が住む集落の年間活動を書き出してみました。
| 4月 | 年度始め総会 |
|---|---|
| 6月 | 集落内の草刈り 砂防の草刈りボランティア |
| 7月 | 砂防の草刈りボランティア |
| 8月 | 避難訓練・防災教室 |
| 9月 | 神社の清掃 お祭り |
| 10月 | マレットゴルフ大会 きのこ狩り |
| 1月 | 新年会 |
| 3月 | 川ざらい(川掃除) 年度末総会 |
これらの活動に加えて、集落センターの清掃が年に1、2回あります。春から秋にかけてはほぼ毎月何かしらの活動があり、冬の間はほとんど集まる機会がありません。これは冬の寒さが厳しい長野県ならではかも。自治会活動のなかでも、参加しなければならないものと自由参加のものがあります。例えば、草刈りや川ざらいは参加しないと出不足金を取られます。きのこ狩りやマレットゴルフはレクリエーションなので参加は自由です。
40代は若者、うなる刈払機
私がこれまでに経験した地域の役割は、自治会の組長、祭りの年番、交通安全協会の地区役員など。一概には言えませんが、地方部では都市部ほど行政サービスが充実しているわけではありません。そのため自治会の役割が大きく、草刈りや雪かきなど、住民たちでやらなければいけない作業がたくさんあります。高齢者が多い地域のなかでは、40代手前の私などは若者扱いで、草刈りボランティアなど何かと駆り出されることも多いです。大変だと思うこともありますが、できるだけ引き受けるようにしています。草の伸びる季節には、朝早くから刈払機をうならせて汗を流しています。自治体への加入は必須ではないと書きましたが、地域はお互いさまの関係性で成り立っているもの。自分にとってのメリット・デメリットという考え方ではなく、共同体としての助け合いの心掛けが大切です。特に災害時などは、普段からの人との関わりが重要だと思います。
以前、ある自治体で「都会風を吹かせないで」と、行政が移住者向け七カ条なるものを広報誌に掲載したところ、「排他的」だと物議を醸しました。外から移り住むと、地域活動をするなかで「もっとこうしたらいいのにな」とか「これって本当に必要なの?」と歯がゆく感じることがあるかもしれません。かといって、それが正論であっても頭ごなしに否定すればトラブルにつながります。人口減少に伴う担い手不足から、これまでのやり方を見直す時期にきていますが、このあたりは難しいところですね。
人とのつながりこそ地方移住の醍醐味
人とつながる機会は自治会活動だけではありません。公民館などではいろいろな講座やサークル活動があるので、興味があるものに参加すれば知り合いが増えると思います。地域によっては移住者のコミュニティがあるところもあります。SNSなどで調べて、積極的に外に出れば趣味の合う仲間ができるかもしれません。私の場合は地域おこし協力隊として移住したので、人と知り合う機会には恵まれていました。ここに移り住んでからできた人とのつながりは数えきれず、そうした人たちに出会えただけでも、この地域に住んで良かったと思っています。
わが家の近所で、北アルプスの景色が一望できるところに山好きのご夫婦が住んでいます。20年くらい前に早期退職して関東から移住してきた方で、私たちが引っ越したばかりの時に食事に呼んでいただいて以来、ずっと気にかけてくれています。コロナ禍で家族全員で寝込んだ時には、毎日家まで手作りのおかずを届けてくれました。おかずには手紙が添えられていて、その優しい言葉に涙が出たものです。
地方移住に伴うリスクを考え始めたらきりがありません。ある程度の蓄えは必要ですし、計画性も求められます。でも最終的に必要になるのは、一歩を踏み出す「勇気」なのだと思います。初めは新しい生活に戸惑うこともあるかもしれませんが、困った時にはきっと誰かが助けてくれる。そんな人たちとの出会いこそ地方移住の面白さであり醍醐味ではないでしょうか。
プロフィール
鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)
長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。
山のある暮らし
都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム
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